志力の政治カテゴリー記事の一覧です

2019年(平成最後の)年頭にあたって

デイリーメッセージ, 志力の政治, 遠山清彦を知る

新年、明けましておめでとうございます。

今年は、平成最後の年。天皇陛下のご退位、皇太子殿下のご即位に伴い5月1日から新元号に変わる大きな歴史の節目となります。公明党も本年11月17日には結党55周年を迎えます。私たちは、連立政権の一翼を担う与党として、経済成長と国民生活や国益に直結する外交・安全保障等に強い責任感を持って国会と政権の運営を担っていかなければなりません。10月に予定されている消費税増税とそれに伴う軽減税率導入、かけこみ需要・反動減対策や少子高齢化に直面する日本社会にマッチした社会保障改革、財政再建努力、等々、国政の課題は尽きません。

衆議院議員遠山清彦、1月2日、鹿児島中央駅前の新年街頭演説

1月2日、鹿児島中央駅前の新年街頭演説

私自身は、党幹事長代理として斉藤幹事長を支えるとともに、山口代表を先頭として活発に展開している党外交・議員外交を党国際委員長として、さらに推進してまいります。また、党憲法調査会事務局長として、北側会長(党副代表)の下に、憲法改正問題へ慎重に対処してまいります。

年末年始のマスコミ報道の一部には、「現在の安倍政権の成果はあまりないため、総理がレガシー(政治的遺産)として憲法改正の実現に邁進するのでは」という趣旨の主張が散見されましたが、私は異なる意見を持っています。

そもそも、現在の安倍政権の成果は非常に大きいと思います。ここでは、いちいち細かい数字は挙げませんが、政権発足時の2012年と比較して、景気・経済・雇用等の指標は軒並み上向いており、昨年の経済分野の最大の課題は「人手不足」でした。株式市場のリスクもどちらかというと国内よりも海外に起因するものが多いと思います。私の海外の友人の一致した見解は、「日本は安定した政権のもと、予見可能性の高い経済運営をしており、信頼性が最も高い国である」というものです。

国会においても多数の新たな法律案や法改正案を成立させてきました。その中には、北朝鮮情勢をはじめとして日本の安全保障環境が厳しくなる中で、平和憲法下で許容される自衛の措置の限界を明確にした上で自国防衛のために必要な新たな措置を盛り込んだ安保法制や、昨年末の外国人材受け入れ拡大の法改正など、画期的なものが含まれています。

この6年間、安倍総理や歴代外務大臣等を中心に展開してきた政府の外交成果も、戦後外交史の中では突出して大きいことも指摘しておきたいと思います。米国・ロシア・英国・ドイツ・フランスなどの主要国首脳と頻繁に直接対話を行うだけでなく、これまで総理・外相が未訪問の国々への訪問も実現し、日本の外交基盤は大きく強化されました。日中・日韓関係にはいまだ多くの困難な課題はありますが、安倍政権下の日本は今や名実共にグローバルリーダーの一角としての地位を確立したと言っても過言ではありません。外国人訪日客も3000万人を超える時代を迎え、大きな意味で日本の存在感は高まってきました。

こうした事実を念頭に、憲法改正の問題を考えた時、私はレガシー論には違和感を覚えます。そもそも論として、「一総理、一政権のレガシーにするために憲法改正を成し遂げる」という考え方自体が危ういと感じます。

憲法は、日本の最高法規であり、他の法律と決定的に異なります。改正する主体者が国会議員でも内閣でもなく、国民だからです。国会は改正案を発議することができますが、最後は国民投票で決まります。国会が問われるのは、国民投票の対象になり得るしっかりとした憲法改正案を発議できるかどうかです。憲法改正が必要なのかどうか、改正すべき条項・加えるべき条項は何か、その理由は何か等々、まずこれらを国会の憲法審査会において与野党議員間で真剣に議論しなければなりません。こうしたプロセス抜きに、単なる数の論理で改正発議に進むことは、私はあってはならないと思います。

昨年私は単身訪英し、元BBC記者で世論調査分析で有名なカウリング氏とロンドンで意見交換する機会を得ました。同氏の分析によれば、2016年6月23日の国民投票において英国のEU離脱が僅差で決定された最大の要因は、キャメロン首相(当時)が国民投票を自らの政治的利益確保(保守党内のEU離脱派抑え込み等)のために利用しようとした意図が、国民に見透かされ、強い反発を招いたことにある、とのことでした。言い換えれば、EUをめぐる国民投票の意義が、キャメロン政権への事実上の信任投票へと変容してしまい、肝心のEU離脱に関する冷静な議論が置き去りにされたということです。

衆議院議員遠山清彦、元BBC記者で英国の国民投票分析の権威であるカウリング氏と

元BBC記者で英国の国民投票分析の権威であるカウリング氏と

私たちは、この英国の教訓から学んだ上で憲法改正の国会議論に臨むべきと考えます。公明党は、現行の日本国憲法を高く評価した上で、足らざるところがあれば加える「加憲」という立場です。これを堅持した上で、他の政党・国会議員との論戦に積極的に参加していきたいと思います。

さて、今年は「亥年の選挙イヤー」、すなわち統一地方選挙と参院選挙が12年に一度重なる厳しい政治決戦の年です。公明党の最大の特徴の一つは、地域密着型のネットワークであり、その基盤は全国に約3000人いる地方議員です。4月の統一選では、まず地方議員候補者の全員当選を期してまいります。また、12年前の2007年参院選での与党敗北がその後の深い政治混乱を招いたことを考えれば、参院選挙も確実に与党で勝利していくことが必要です。

本年も、党員支持者をはじめ国民の皆様からのご指導ご鞭撻を賜りながら、しっかりと戦ってまいります。どうかよろしくお願い申し上げます。

公明党幹事長代理・衆議院議員 遠山清彦

イッテQ!に「ウズベキスタン」が取り上げられる

デイリーメッセージ, 志力の政治, 海外での活動, 遠山清彦を知る

皆さんは中央アジアの「ウズベキスタン」という国をご存知でしょうか?5月13日夜に日本テレビ系列で放送された「世界の果てまでイッテQ!」でタレントのイモトさんが、このウズベキスタンを訪問し、体験レポートしました。大変面白く、しかし、非常にわかりやすくウズベキスタンの魅力や日本との関係をご紹介いただき、感動しました。

世界の果てまでイッテQ! イモトさんウズベキスタン訪問

私は、日本ウズベキスタン友好議連の副幹事長をしています。初訪問は、2014年12月。首都タシケントを訪問しました。非常に寒かったですが、街にはゴミ一つ落ちておらず清潔で、重厚な建造物に魅了されました。(その中でも一番目立つのは、日本人が建造したナヴォイ劇場で、イッテQでも紹介されていました。)その時の訪問の目的は、ウズベキスタン国会の選挙監視の仕事でした。空港で私と自民党の塚田一郎参院議員を迎えてくれたのが、当時、ウズベキスタンの雇用・社会保障担当大臣だったアジズ・アブドゥハキモフ(現観光担当大臣)でした。親愛を込めてアジズと呼んでいます。

アジズと私たちはすぐ仲良くなり、滞在中、何度も一緒に食事をして意見交換をしました。アジズは超がつくほどの親日家で、日本語も流暢。後で判明したのですが、日本語でLINEやフェイスブックにも投稿するレベルです。身体は、ちょっとした力士のように大きいのですが、童顔で、日本人にも似たナイスガイです。

遠山清彦とウズベキスタン観光大臣のアジズ・アブドゥハキモフ氏

アジズは、学生時代に国費留学生として一橋大学に留学した経験があり、その後は本国でプライベートバンカーとして活躍。30歳前後に政府に抜擢され、32歳の若さで大臣に就任しました。以後、カリモフ大統領から今のミジョーエフ大統領の時代にいたるまで大臣の要職にあります。ウズベキスタン語と日本語以外に、ロシア語やトルコ語も話す優秀な男です。

この最初の訪問時、たった数日で本当に親友になってしまいました。日本に帰国する直前には、突然、「俺の両親に紹介したい」と彼の実家まで行きました。その両親から、「遠山さんは、顔がウズベキスタン人にそっくりだから、ここでも政治家できるわよ」と言われて爆笑したことを覚えています。

ウズベキスタン共和国アジズ・アブドゥハキモフ観光大臣のご両親と

親日家のアジズは、定期的に日本にやって来ますが、困ったことに事前通告がほとんどありません。たしか、昨年の前半だったかアジズが来日し、突然私の携帯に電話をしてきました。「遠山さん、アジズです、今、東京にいます。今晩、会いましょう!」「アジズ、私は今晩予定がある。どうしてもっと早く連絡してくれないのか?」「お互いに忙しいから仕方ない。でも、今晩絶対に会いたい。どんなに遅い時間でかまいません。」「わかった。夜の会食の後、9時過ぎに会おう」。

その晩遅く、ホテルのバーで再会(通算3回目、この前にも一度来日)しました。アジズは自分が最近観光担当の委員長(閣僚格)になり、日本からの観光客を増やしたいという事を熱く語りました。当然、私は友人として協力を約束しました。

すると、アジズは「遠山さん、明日、日本のマスコミ幹部に会いたい。今からアポお願いします!」と。思わず「えー!ちょっと待って、今から?」と言ってしまったのですが、親友だし仕方ない。夜中にマスコミの友人達に電話をしまくって、3つの会社にアポを取ることができました。翌日アジズは日本のメディアを訪問し、ウズベキスタンの素晴らしさと、番組に取り上げて欲しいことを「営業」して回りました。

しばらく時が流れ、昨年11月中旬、衆院総選挙の直後に今度は私がウズベキスタンを再び訪問することになりました。同国の有名な古都、世界遺産を多数持つサマルカンドで開催される国際会議への参加が目的です。夜中にホテルに到着すると、待っていたようにアジズが現れました。「遠山さん、ようこそサマルカンドへ!国際会議の合間は、全部私がアテンドしてサマルカンドの世界遺産を案内します!」その夜から、アジズの案内でライトアップされたサマルカンドの名所を回り、その美しさと歴史の重さに心の底から感動を受けました。

翌日も、時間の許す限り、古都の名所を回りました。「感動した。これは多くの日本人にぜひ見てもらいたい。」私は率直に感想を伝えました。「そうでしょう、すごいでしょう。だから、日本のテレビで紹介したいのです。」アジズは自信を持ってそう言いました。

ウズベキスタン、タシケント郊外。標高2000メートルの山に初めて登りました。アレキサンダー大王が通った道

その後、当事者間で調整が進み、今年春にタレントのイモトさんがウズベキスタンを訪問することになったのです。そして、この5月13日に無事放映の運びとなりました。アジズの思いを知る親友として、本当にうれしく思っています。私が訪れたウズベキスタンの史跡や観光スポットが多く紹介され、懐かしく見ました。番組には、アジズ大臣自身が流暢な日本語で登場していました。本人も、そうとう興奮したでしょう。

私もこれまで60か国を訪問し、外務大臣政務官として政府の外交活動を担い、また公明党国際委員長として党の外交活動を推進する立場から、また一人の議員としても外交活動の最前線に立ってきました。この番組が、ウズベキスタンと日本の交流をさらに前進させる一助になれば、こんな嬉しいことはありません。アジズとの友情、彼の情熱と行動が実を結んで本当に良かったと思っています。

「外交にはいろんな顔がある」。議員としての17年の国際外交を振り返ってそう思います。しかし、結局、どんな高尚な国際関係の話であっても、その基盤は、一人の人間同士の関係です。人間と人間の心の交流、言葉の違いを超えた友情と愛情。その重要性を再認識し、これからも平和外交の活動に自分らしく取り組んでいきたいと思っています。

在沖縄米軍基地問題に関する申し入れ

デイリーメッセージ, 志力の政治, 沖縄

本日、公明党21世紀委員会、在沖縄米軍基地調査ワーキングチームで、政府に対して在沖縄米軍基地に関する申し入れを行いました。

平成29年5月11日
官房長官 菅  義偉 殿
防衛大臣 稲田 朋美 殿
外務大臣 岸田 文雄 殿

公明党沖縄21世紀委員会 委員長 衆議院議員 井上義久
事務局長 衆議院議員 遠山清彦
在沖縄米軍基地調査WT 顧問(外交安保調査会長)衆議院議員 佐藤茂樹
座長 衆議院議員 斉藤鉄夫
副座長(県本部代表)沖縄県会議員 金城勉
事務局長 衆議院議員 伊佐進一
事務局次長(県本部幹事長)沖縄県会議員 上原章

在沖縄米軍基地問題に関する申し入れ

北朝鮮による核実験・弾道ミサイル発射の増加など、我が国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増す中、日米同盟の強化は、我が国のみならず、地域及び世界の平和と安全にとってますます重要である。

一方で、米軍専用施設の約70%が集中している沖縄県の負担軽減は、日本の安全保障全体に関わる喫緊の課題であり、本土側の「無関心」の壁を取り除き、沖縄県民の心に寄り添いつつ対応を進めていくべきである。2013年12月、わが党の沖縄県本部PTが、政府の辺野古埋め立て申請に対して、普天間飛行場の県外国外移設を求める立場を維持し、不承認の提言書を提出したのも、その思いからであった。

また、繰り返される米軍人・軍属等の卑劣な犯罪に対して、沖縄県民をはじめ日本国民は、強い憤りを感じている。日米両政府関係者は、このような悲惨な事件を二度と起こしてはならないことを肝に銘ずるべきであり、実効性と説得力のある徹底した再発防止の取り組みを不断に行うべきである。

昨年設置された公明党在沖縄米軍基地調査ワーキングチームは、東京における安全保障の専門家との意見交換だけでなく、沖縄県内でも有識者との意見交換や現地調査を行うなど、徹底した議論を積み重ねてきた。それらを踏まえ、今般、以下の具体策を提言する。

1.普天間飛行場の5年以内の運用停止を実現(平成26年2月18日起点)

政府は、平成25年12月17日開催の「沖縄政策協議会」において提示された沖縄県知事から総理への要望を重く受け止め、米国政府との交渉や、オスプレイ訓練の県外移転を含むあらゆる措置を推進すること等により、地元の理解と協力を得ながら、平成31年2月18日までの普天間基地の運用停止を実現するよう努めること。

2.日米地位協定の改定(「好意的考慮」の明記検討)

日米地位協定をめぐる問題については、政府は、法的拘束力のある文書の作成を含めた最も適切な取り組みを通じ、個別の問題に対応し、同協定のあるべき姿を不断に追求していくべきである。その際、1995年日米合同委員会合意に基づき現在運用されている「好意的考慮」(米軍人等の公務外における殺人、強姦等の凶悪犯罪について、起訴前の身柄拘禁の日本側への移転。実績5件)を、日米地位協定(あるいは補足協定等法的拘束力のある文書)に明記することを検討すること。(尋問等における米軍関係者の立ち合い等は、引き続き認めること。)

3.那覇軍港の移設推進と軍民共同使用等

政府は、米国および地元関係自治体と連携しながら、那覇軍港の移設を着実に推進すること。また、移設が実現されるまでの間、那覇軍港関連施設の一部前倒し返還や民間による共同使用について積極的に検討すること。

4.キャンプキンザー(牧港補給基地)の繰り上げ返還

政府は、嘉手納以南の米軍施設返還を着実に推進すること。特に、跡地利用と再開発により大きな経済効果が見込める浦添市のキャンプ・キンザー(牧港補給基地)については、返還時期(平成36年度・37年度又はその後)を前倒しできるよう作業を加速すること。

以上

「平和安全法制が立憲主義に反する」という主張に反論する

デイリーメッセージ, 国会質疑, 安全保障, 志力の政治, 遠山清彦を知る

11月24日に、今年2回目の衆院憲法審査会が開催され、私も自由討議の時間帯で約5分発言しました。「昨年成立した平和安全法制が立憲主義に反している」という誤った主張に正面から反論しました。

<衆議院憲法審査会(H28.11.24)自由討議発言>

前回と今回の会議において、昨年成立した平和安全法制と憲法および立憲主義との関係が話題になっておりますので、私からも、一言、意見表明を行います。

【憲法9条と憲法解釈の基本姿勢】
憲法9条は、1項で「戦争の放棄」を定め、2項で「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を定めています。その文言からすると、憲法9条は、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているようにも見えます。

しかし、憲法を始めとする法の解釈というものは、およそ、一部の条文だけを切り取って行えばよいようなものではなく、その全体構造の中で整合的な解釈を追求することが求められるもの、と理解しています。

【47年見解の論理~基本的な論理とあてはめ~】
昭和47年に参議院決算委員会に提出された政府見解、いわゆる「47年見解」では、このような体系的な法の解釈という観点から、憲法9条の下での「武力行使」の可否とその限界について、一般論の提示に当たる「基本的な論理」とこれを具体的な状況に「あてはめ」た記述とを截然と整理しながら、見事な定式化を行っています。

まず「基本的な論理」では、憲法前文の平和的生存権や13条の幸福追求権の趣旨をも踏まえれば「平和主義を具体化した9条も、外国の武力攻撃によって我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態、そのような極限的な場合においては、我が国と国民を守るためのやむを得ない必要最小限度の武力の行使をすることまでをも禁じているとは解されない」旨を述べています。

その上で、「そうだとすれば」という接続語を用いて当時の国際環境への「あてはめ」の論述に入り、「我が憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる(中略)したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と述べて、「当時考えられていた、他国防衛を目的とするような集団的自衛権」を念頭に、「いわゆるフルセットの集団的自衛権」を否定しているのです。

【平和安全法制の合憲性】
その後、弾道ミサイルや核の開発が進み、軍事技術も飛躍的に高度化するなど、我が国を巡る安全保障環境は厳しさを増してきました。このような安全保障環境の変化と、我が国の安全保障に日米防衛協力体制が中核的な役割を果たしていることを踏まえれば、未だ我が国に対する武力攻撃に至っていない状況でも「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」が発生することもあり得るとの認識に至ったのです。

すなわち、「47年見解」の「基本的な論理」を維持した上で、それを現在の安全保障環境に「あてはめ」た結果、このような極めて限定的な事態に対応するための「自国防衛を目的とする集団的自衛権」の行使を認めることは、憲法前文や13条の趣旨を踏まえた憲法9条に反するものではない、と位置付けたものなのであります。

【平和安全法制と近代立憲主義】
ところで、平和安全法制について、「憲法違反」というのではなくて「立憲主義に反する」とか「非立憲的」などという批判を、しばしば耳にします。

「憲法に適合するにもかかわらず、立憲主義に反する」という論理が成り立つかはさておき、そもそも、国民の権利・自由を守ることが「近代立憲主義」の本質という観点からいたしますと、国民の生命・自由・幸福追求の権利をいかに守るかという観点から制定された平和安全法制は、「立憲主義違反」どころか、まさに「立憲主義」を具現化したものと評価されるべきもの、と考えます。

二度と繰り返してはならない

デイリーメッセージ, 志力の政治, 沖縄

行方不明になっていたうるま市在住の20歳の女性が、恩納村の雑木林から遺体で発見されるという、極めて痛ましい事件が発生しました。元海兵隊員で米軍属の男が死体遺棄容疑で緊急逮捕され、殺人容疑も視野に捜査が進められています。

何にも代えがたい尊い生命が奪われました。未来を絶たれた女性の無念さ、ご家族の悲嘆を思うと胸が張り裂けるような強い憤り、怒りを禁じ得ません。この蛮行を断じて許すことはできません。

公明党沖縄県本部は昨日、外務省、防衛省、米国総領事に対して強く抗議し、事件の徹底究明、再発防止を申し入れました。井上幹事長は記者会見で「言語道断であり、強い憤りを覚える」と述べています。

日米両政府は、徹底した原因究明と実効性のある再発防止を講じるとともに、被害者家族に誠意ある謝罪を行い、賠償責任を確実に果たすべきです。

このような悲劇を、もう二度と繰り返してはなりません。米軍基地の段階的縮小を確実に実行し、沖縄の平和と県民の生命を守りゆくことを我々は強く誓うものです。

公明党沖縄方面本部長 遠山清彦
同副本部長 秋野公造

今年は勝負の年!

デイリーメッセージ, 志力の政治

遠山清彦です。新年あけましておめでとうございます。本年も、ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。

1月4日にスタートした第190回通常国会で、私は衆議院総務委員長に就任いたしました。地方自治・財政や通信など幅広い政策領域を所管する総務省の委員会ですので、しっかり責任を果たしてまいります。

今年の夏には、参議院議員選挙が行われます。現在の安定政権を継続させることが、日本再生の道であると確信しております。

私の地元である九州・沖縄においては、福岡選挙区において新人で元外交官の高瀬ひろみが、比例区では現職で元医師の秋野公造が、挑戦する予定です。皆様の応援を心よりお願い申し上げます。

昨年の国政における公明党の役割を振り返ると、やはり連立政権内の健全な与党内野党としての仕事をすることができた、と思います。

もちろん政府を支える与党として、正式に決めたことは、責任を持って実行します。

しかし、与党として決定する前段階では、公明党独自の主張を明確にし、徹底議論を行う姿勢を堅持してきました。

その象徴とも言えるのが、昨年の平和安全法制と軽減税率の導入合意だった、と思います。

公明党が主導した「新3要件」により集団的自衛権も自国防衛目的に限定されたので、これまでの専守防衛の平和国家路線は堅持されました。

また軽減税率の対象品目も、公明党の主張通り「酒類、外食を除く食料品全般」となりました。

本年も、地域密着ネットワークを持つ公明党ならではの視点と主張を示しつつ、与党内の合意形成を図り、国民生活の向上と安定に努めてまいります!

「みわちゃんねる 突撃永田町!!」に出演

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4月15日18時からライブ配信されたネット番組「みわちゃんねる 突撃永田町!!」に出演しました。録画が公開されております。

超党派で訪韓

志力の政治, 活動アルバム, 海外での活動

約半年ぶりに韓国を訪問し、対話に全力をあげています。

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「平和の敵は忘却」。沖縄慰霊の日に思う

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遠山清彦です。6月23日は、沖縄慰霊の日。私は、毎年欠かさずこの日に、沖縄県糸満市の「平和の礎(いしじ)」で挙行される慰霊式典に参加しています。公明党からは、地元議員に加え、秋野公造環境大臣政務官(参議院議員)、かわの義博参院予定候補も、参列しました。沖縄戦で亡くなられたすべての方々に哀悼の誠を捧げ、平和への誓いを新たにいたしました。

「平和の敵は、忘却である」。これは、私が20代の頃、英国ブラッドフォード大学院で平和学の研究をしている時に、恩師のピーター・ダンカン教授が繰り返し強調していたことです。

「人類の歴史は、戦争の歴史」と言っても過言ではありません。世界では、多くの戦争、武力紛争が繰り返されてきました。日本は、第2次世界大戦後、国家として戦争に一度も巻き込まれずに来ました。「平和主義」を原則とする日本国憲法を堅持し、国益増進の手段として戦争を使わないという立場を、国民、官僚、政治家たちが貫いてきた結果だと思っています。私は、戦後生まれの一人として、戦前・戦中世代の先輩方が、大変な苦労をしながら、日本の平和を守ってきた事実に深い敬意を表します。

しかし、日本の外では、冷戦時代も、その後も、多くの戦争が起こり、多くの人命が失われてきました。これもまた、忘れてはならない事実です。平和学の恩師であるピーター・ダンカン教授は、世界中の「戦争博物館・平和博物館」のネットワークを形成することに全力を挙げていました。私も、教え子として恩師の仕事を手伝い、フランス・ベルダンの第1次世界大戦の博物館や、オーストリア・マウトハウゼンのユダヤ人強制収容所跡などを訪問しました。その衝撃は、今でも鮮烈に記憶の中に刻まれています。

戦争によってもたらされる悲劇と惨禍を、時の経過とともに、人間が忘れてしまう。あるいはその記憶が薄れてしまう。その危険性は、歴史を紐解けば容易に理解できます。沖縄の慰霊の日をはじめとする様々な節目で、過去の事実を直視し、平和への誓いを新たにすることは、極めて大切だと思います。

戦後68年経過した日本では、若い世代の「戦争記憶の風化」が大きな社会背景になりつつあります。若手国会議員の中には、「いざとなったら戦争も辞さない覚悟を持つべきだ。でないと日本はなめられる」などという主張を何の根拠もなく、一種の流行の言葉のように言う風潮があり、私は深い懸念を持っています。

戦争の現場、現実は、生易しいものではありません。私も、直接的な戦争経験はありませんが、人道支援NGOのアドバイザーや国会議員として、戦争や武力紛争の生々しい傷跡が残るイラク、東ティモール、アフガニスタン、パキスタンなどをこの目で見て来ました。

灼熱の太陽の下、イラクのキルクークの町の真ん中にトマホークミサイルの着弾でできた大きなクレーターの中を太田昭宏議員(国土交通大臣)と歩きました。マイナス20度のアフガニスタン・カブールの市街で、自爆テロで吹き飛ばされた建物の中で話を聞きました。多くの紛争地で、傷ついた女性たちや子どもたちに会いました。今の日本の若者が、全く想像することができない、凄惨な現場です。

沖縄の人々は、日本の中で戦争の怖さを一番理解しています。第2次世界大戦末期、白兵戦や艦砲射撃により県民の3分の1の方々が犠牲になりました。日本復帰が27年も遅れた沖縄には、広大な米軍基地が造られ、沖縄の基地から飛び立った米兵たちは、ベトナムやイラクなど世界各地の戦地で戦闘に従事してきました。そして軍事基地周辺の自治体では、事件・事故が数多く起こり、県民の怒りを招いてきました。

沖縄は、戦中戦後を通して、「戦争の現実」を誰よりも肌身で感じてきたのです。この歴史と事実を若い政治家は学び、理解すべきです。

沖縄は、今、自立経済をめざし、新たな時代を迎えました。もはや、経済的に米軍基地の存在に依存する必要性はなくなりました。日本の政治家が、知恵を出し、汗をかき、米軍基地負担の抜本的な軽減を前に進める努力が必要です。

沖縄の皆様に国会に送っていただいた政治家として、そして「平和学博士」として、私がなすべき使命は何か。平和の礎に献花を行い、追悼の祈りを捧げながら、この参議院選挙に挑む決意を深めました。

道州制推進フォーラムに参加

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3月31日、都内で開催された道州制に関するシンポジウムに、公明党道州制推進本部事務局長として参加しました。

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