遠山清彦です。5日午後に無事成田空港に到着しました。2日間でしたが、東京の自宅で久々に過ごし、たまった資料の整理や旧知の有識者と意見交換をしました。今日から沖縄に入ります。

バングラデシュ後半の活動を報告します。3日、私たちのダッカ・コックスバザール間のフライトが4時間ほど遅れ、コックスバザールに到着したのは、午後8時を過ぎていました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)コックスバザール事務所のスタッフが空港に迎えに来てくれ、そのまま事務所で所長以下6名のスタッフと勉強会を開催しました。

明けて4日朝は、午前8時半にコックスバザール市内の宿泊先を出発し、1時間ほどで、ロヒンギャ難民の1万1千人余りが居住するクトゥパロン難民キャンプに到着しました。キャンプは予想以上に小ぎれいで、清潔な印象を受けました。(ただし、今は乾季で、雨季になると泥だらけで大変とのこと)

難民キャンプ内のUNHCR事務所には、すでに30人ほどの難民が並んでいました。聞けば、「新しく生まれた赤ちゃんの登録に来ている」とのことでした。難民キャンプでの出生率(一人の女性が産む子どもの数)は4を超えているとのことで、人口増加傾向が著しいということも伺いました。

国連運営の難民キャンプとしては、珍しくバングラデシュ政府の役人がキャンプ内に居住しておりました。その役人の上司も来ており、彼らと国連スタッフがキャンプ内の案内をしてくれました。

クトゥパロン難民キャンプは7つの居住区域に分割され、居住区域の手前には、小学校やITルーム、NGOが運営する栄養管理棟や診療所などの施設がありました。驚いたのは、難民のし尿を活用したバイオガス装置が設置されており、そのメタンガスで食堂のガスコンロ1台を稼働させていたことです。難民キャンプにも最新テクノロジーが導入されるようになったとは、昔を思えば隔世の感があります。

居住区域も一つだけ徒歩で回りましたが、シェルターは簡易なトタン作りではあったものの、清潔感があり、安心しました。ただ、難民キャンプの外周に延々と広がる未登録難民居住区域の惨状を垣間見た時は、衝撃を受けました。率直に申し上げて、ゴミ山の中に人間が住んでいるような状態で、心が大変痛みました。

同じロヒンギャ民族の難民でも国連の難民キャンプに入れる人と、入れない人の格差。20万人ものキャンプに入れない難民がいるといわれています。ミャンマー政府にも責任がありますが、1951年に国連で採択された難民の地位条約に加入していないバングラデシュ政府の責任も感じざるをえませんでした。

この問題の解決を日本の立場でどう図るか?とりあえず、3つの事はしなければならないと思います。

(1)ミャンマー政府に対し、ロヒンギャ族を自国民として認めるよう働きかけること。
(2)難民キャンプ内で登録されているが未来に希望を抱けない難民に対し、日本も「第3国定住」難民として受け入れることを検討すること。
(3)難民キャンプに入れない約20万人もの避難民の貧困状況の改善のため、バングラデシュ政府やNGOと協力しながら日本政府としてできる限りの支援を行うこと。

現職で今回の視察団の団長を務めていただいた江田衆院議員も帰国後は、ロヒンギャ難民のために国会で活動すると決意しておりました。私も秋野さん共々、一人でも多くの難民に希望の光を与えるために全力で働いていこうと決意しました。

私たち一行の無事帰還を祈ってくださった皆様、本当にありがとうございました!