中国瀋陽総領事館事件は、難民や亡命者に日本はどう向き合うべきかという重い課題を突きつけた。公明党は、「亡命、難民について日本の対処の基本姿勢を明確にし、これまでの閉鎖的なあり方を抜本的に見直すべき」と主張、日本政府は難民政策の見直しに着手する方針を打ち出している。今回は、難民受け入れに対する欧米各国や日本の現状について解説した。
 『難民とは…』
 『国内避難民なども含め世界に約2500万人』
 難民とは、どのような人々を指すのか。1951年に採択された「難民の地位に関する条約」(難民条約)では、「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるか、あるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた人々」と定義されている。亡命者は、難民の一形態と考えられているが、紛争などにより大量に流出した経済難民は条約上、保護の対象とはされていない。
 『難民条約を採択』
 人間が紛争などによって故郷を追われるという意味では、難民は有史以前から存在した。しかし、難民問題が国際社会全体の問題として認識されるようになったのは、第一次世界大戦後、大量のロシア難民・トルコ難民などが発生してから。さらに、その後、第二次世界大戦によって爆発的に難民数が増加したことにより、難民問題は国際社会の最重要問題となった。
 そして、深刻化した難民問題に対処するため、50年12月に採択された国連総会決議に基づき、26カ国の代表からなる全権会議がジュネーブで開催され、51年7月に「難民の地位に関する条約」が採択されたのである。
 また、67年には難民条約を補足する「難民の地位に関する議定書」も採択され、現在、140カ国が難民条約と難民議定書のいずれか一方、あるいは両方に加入している。日本は、81年10月に難民条約に、82年1月に難民議定書に加入した。
 『避難民は予備軍』
 では現在、世界各地にどれくらいの難民がいるのだろうか。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、約2500万人の「難民等」が存在するとされる。UNHCRは、第二次世界大戦による爆発的な難民の発生を受け、難民問題に普遍的に対処することのできる初の国際機関として50年に設置されたものだ。
 なお、「難民等」というのは、2500万人の中には難民のほかに、帰還した難民、国内避難民、庇護希望者、紛争被災民なども含まれているからだ。国内避難民や紛争被災民は、紛争などによって住み慣れた家を追われたが、国内にとどまっているか、あるいは国境を越えずに避難生活を送っている人々。これらの人たちは、適切な援助が実施されないと国境を越えて難民となる、いわば難民予備軍ともいえる。
 『各国の対応』
 『先進諸国は年間数千人/日本は20年で291人』
 母国を逃れ他国に保護を求めようとする人たちは、難民申請、すなわち法的保護と物質的な援助を得る権利を求める庇護申請を行い、申請が認められれば法的に「難民」として認められることになる。UNHCRによると、「国別の庇護申請件数」にあるように、庇護申請を受けた件数(99年)は、ドイツの約11万8000件を筆頭に、アメリカ9万2000件、イギリス7万6000件などとなっており、先進諸国は年間数千人規模で難民を受け入れている。
 『排他性への反省』
 最多の庇護申請を受け取っているドイツの場合を見てみると、戦後の西ドイツは、亡命志願者に対しては、だれでもいったん入国させた上で審査を行い、審査期間中の宿泊施設や最低限の生活費も提供してきた。背景には、ナチス時代の排他的民族主義への反省があるといわれる。
 またアメリカでは、毎会計年度ごとに一応の上限(2001年度は8万人)が設けられているが、基本的に迫害を受ける恐れが認められる場合は亡命を受け入れる方針を取っており、75年から今年4月までに世界各地から243万2096人の政治難民を受け入れている(5・19付 「読売新聞」)。
 イギリスでは、ブレア政権のもとで99年に関係法の改正が行われ、より柔軟な受け入れ態勢がとられており、フランスの場合は、伝統的に政治亡命者を受け入れる傾向が強いといわれる。
 『経済難民に苦慮』
 ただ、ドイツ、イギリス、フランスなど欧州各国では、亡命と称して殺到する経済難民の激増に苦慮しているのも事実で、難民受け入れの増加が難民受け入れを激しく非難する極右政党の台頭につながっている面も指摘されている。だが逆に言えば、それだけ各国とも難民や亡命者の受け入れについて限度いっぱいの柔軟策を取っていることの現れともいえよう。
 これに対して、日本の場合はどうか。わが国は、昨年までの20年間でインドシナ難民を除き、291人しか受け入れていない(申請者は2532人)。
 日本が70年代後半にインドシナ3国(ベトナム・ラオス・カンボジア)からの難民に限定して約1万人を受け入れたのは、難民条約に加入する以前の例外的な措置であり、包括的な難民受け入れ事業ではなかった。よく「日本はアメリカの1000分の1、イギリスの100分の1」などといわれるが、難民受け入れに対する欧米諸国と日本との姿勢の違いは歴然としている。
 『日本の現状』
 『「人権小国」との批判も/基本姿勢を明確にせよ』
 「狭き門」「橋のない川」などと形容されるように、日本の難民受け入れは閉鎖性が問題とされている。わが国では出入国管理・難民認定法(入管法)によって難民の認定が行われるが、認定のハードルは柔軟に対処している欧米諸国に比べて高く、亡命者も基本的に受け入れていない。
 認定の基準は、「本邦(日本)にある外国人」に限られ、申請期間も「上陸した日から60日以内」と規定されている。つまり、在外公館での申請や認定は想定されておらず、日本に難民申請しようとすれば、ボートピープルのようにして来るか偽造旅券で来るしかない。難民にとっては日本はまさに渡るに渡れぬ「橋のない川」も同然であり、このハードルの高さが、欧米各国への難民申請が1年間で数千件から1万数千件もあるのに日本への難民申請者は20年間で2532人という大きな違いをもたらしているのである。
 また、難民の認定についても、出入国管理と難民認定が一緒の法律で行われ、言わば不法入国者の取り締まり機関が認定作業を行っているのでは、「入れたくない人が難民の認定をしているようなもの」と批判されても仕方ない。
 『閉鎖性の打破を』
 さらに難民受け入れ後の処遇についても、欧米諸国が住居の提供や語学・職業訓練などの態勢を整えているのに対し、日本の場合は原則として受け入れた難民の自立を支援する援助もない。これでは、日本に対する難民申請が欧米諸国に比べてけた違いに少ないのも当然だろう。
 こうした日本の難民受け入れの現状を踏まえ、公明党は亡命者への対応を含めた難民政策の見直しを強く提唱している。
 神崎武法代表は、5月13日の政府・与党連絡会議の席上、小泉純一郎首相に対し、「人道的、国際的な流れの中で今のままでいいのかどうか、政府部内で十分に検討してもらいたい」と要請。また、浜四津敏子代表代行も、5月21日の参院法務委員会の質疑で、閉鎖性が指摘される難民政策を抜本的に見直し、難民や亡命の受け入れについての対処の基本姿勢を明確にするよう主張した。
 さらに5月30日の参院外交防衛委員会では、遠山清彦氏が「難民が日本でどう扱われているかが国際社会から注目されている」とし、難民の処遇改善について政府全体としての総合的な取り組みを求めた。
 『政府も検討開始』
 こうした公明党の主張を受けて政府も、難民政策の基本姿勢を見直す方針を表明。森山眞弓法相は4日、私的懇談会である「難民問題に関する専門部会」(8人の有識者で構成)を設置し、検討を進めると発表した。11日に初会合を開く。
 難民受け入れについては、一方に新たな国内問題につながりかねないとの慎重論もあるが、先進諸国の中で極端に遅れている難民受け入れの現状をこのまま放置するなら、「日本は人権小国」との批判が巻き起こるのは必至である。
 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」とは、日本国憲法前文の言葉だ。日本は難民受け入れという課題にどう向き合っていくべきか、これからの日本の国のかたちも含めた真剣な議論が求められている。
 『6月20日は第1回国連「難民の日」』
 来る6月20日は、第1回国連「難民の日」。この日を皮切りに、6月30日までの11日間を「難民の現状と難民支援活動を考える期間」とし、世界の難民の現状や難民支援の必要性についての講演会や展示会など、さまざまなイベントが世界各地で繰り広げられる。
 国連は、昨年12月4日の総会で、毎年6月20日を「難民の日」とすることを決議した。もともと6月20日は、OAU(アフリカ統一機構)難民条約の発効を記念する「アフリカ難民の日」。難民の保護に対する関心を高め、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や非政府機関(NGO)などの活動への理解をさらに深めるため、この日を国連「難民の日」とすることになったものだ。
 ルドルフス・ルベルス国連難民高等弁務官は、第1回国連「難民の日」に寄せたメッセージの中で次のように述べている。
     ◇
 「この最初の『難民の日』を、私たちすべてが(特に世界中で政治に携わる人々が)ほんの少しの間、数多くの難民が感じている孤独や絶望感に思いをはせ、私たち自身に何ができるのかを自問する日とする必要がある」
 「世界の難民の数を減らすためには、まずもって彼らが追い立てられている問題そのものに取り組み、加えて、難民が自国に戻るか、新しい国に定住するなどの方法で生活を再開できるような手段を見つけなくてはならない」
 「私自身を含めUNHCRの職員は、全てを失った難民の人々が信じがたい勇気と忍耐をもって生きていく姿を毎日のように見ている。だからこそ私たちは希望を失わない。あらゆる困難にくじけず難民が決して希望を捨てようとしないのに、どうして私たちが絶望できるでしょうか?」
(公明新聞)