○遠山清彦君 公明党の遠山清彦でございます。
 参考人の三先生方には、本日は大変に有意義なお話をありがとうございました。
 まず、横田参考人の方に二点質問をさせていただきたいと思います。
 横田さんの用意されたレジュメの三ページ目の最後の項目でアメリカによる対イラク軍事行動は国際法的に正当できるかというところがあるわけでありますけれども、そのまず二点目のところで、テロ支援国家としてのイラクに対する攻撃は現状では否であるというような御見解を示されているわけでございます。
 これに関しましては、私、今手元にアメリカ政府が今年の九月十二日に、日本語で言いますと「欺まんと抵抗の十年」というタイトルの報告書を出しまして、その仮訳を私手元に持っております。その中の一項目で、サダム・フセインが国際テロ支援をしてきたということが、ちょっと抽象的なんですけれども、六項目にわたって列挙されております。
 これに関して、日本の政府の立場から考えたときに一番焦点になってくるのは、サダム・フセインが、いわゆる日本もアフガニスタンでの行動でテロ支援法に基づいて今国際貢献という形をしているわけでありますけれども、アルカイーダとフセイン政権の関係というものが現状では事実証明がされていないと私も認識しておりますが、しかし、新聞の報道を見ておりますと、アメリカの政府高官筋からアルカイーダとイラクは関係あるんだというような発言が既に飛び出しております。
 今後、この大量破壊兵器の査察とはまた別次元で、実はフセイン政権がアルカイーダを支援していたというようなことをアメリカ政府が言い出すんではないかということが一部で観測されているわけでありますけれども、そうなってきた場合に、この点における横田先生の御見解は変わるのか、またアフガニスタンで後方支援をしている日本の立場というものがこのイラクに対する事態に対しても変わっていくのか、そこの点について一点お伺いをしたいと思います。
 それから二点目は、同じこのレジュメの最後の項目の一番最後のところで、私も横田先生がおっしゃった見解に全く同意なんですが、つまり今、国際法という法体系は国内法と比べると違反行為に対する制裁が非常に弱いという意味で非常に限界性が実際あるわけですね。その国際法に基づいて作られている国連にも限界性があると。ですから、その限界性があるからこそ米国の単独行動主義というものが生まれてくる余地があるわけでありまして、横田先生がおっしゃるとおり、米国の一方的行動を止めようとするのであれば、それに代わり得る実体を伴った国際的枠組みがなければいけないと。
 それは、横田先生はここで、国連安保理を中心に有効な対応策を緊急に立てる必要があるというふうに書かれているわけですが、もうちょっと具体的にどのような、有効な対応策というのはどのようなものを横田先生としては想定されているのか、教えていただきたいと思います。

○参考人(横田洋三君) 遠山先生の大変適切な御質問、ありがとうございます。
 まず、テロ支援国家かどうかというそのイラクの問題で、アメリカはそういうふうに言っているということなんですが、やはり私としては、あるいは日本という国家の立場で考えてみても、アメリカが言ったというだけでテロ支援国家ということを確認するというのはやはり難しい問題がありまして、やはり私としてはきちっとしたつながりを示す証拠というのがないといけないんですが、遠山先生の御質問は、もしそれが出てきたときにどうかと。当然、出てくればテロ支援国家ということになります。
 そして、それに対して、国際社会はそういう国としてどう対応するかということをやっていかなければいけませんが、だからといって直ちにテロ支援国家だからアメリカは一方的な軍事行動が取れるという、そういうつながりを私は考えておりません。そういうことが証明されたとすれば、それに基づいてやっぱり安全保障理事会でイラクの脅威ということを明確に議題に上げて議論をして、どうするかを決める。場合によれば、軍事行動を安保理の決議の下にきちっと取るということはあり得るというのが私の考えでございます。
 このことは第二点にもつながるわけでございますが、それではどういうことが具体的に安保理で議論できるのかということでございますけれども、まずはイラクのような具体的な事例については、それに証拠があり、きちっとできた場合には、このイラクの脅威をどうするかということを安保理で議論をし、軍事行動を取るのか経済制裁を強化するのか、そういうことをきちっと対応するということが必要ですが、もう一つ、もうちょっと一般的に、もうテロは今後も起こり得るという状況をアメリカなどは当然考えていますし、私たちも考えざるを得ません。それもかなり深刻なテロが起こる可能性というのは常に考えなければいけない。
 こういうものに対して安保理は、一般的にテロにどう対応するかということを一種の政策として議論をし、まずテロを非難すると同時に、テロに対しては安保理が、平和に対する脅威、場合によれば平和の破壊として断固戦うということを示して、それについての一つの指針を示して、テロリストの集団に対してあらかじめ警告をしておくという、そういうことをすべきではないかと。
 私の考え方は、いずれにしても、安全保障理事会の議論を通して対応するというのが一番いい答えだということでございます。

○遠山清彦君 ありがとうございます。
 次に、山内参考人にお伺いしたいと思います。
 山内先生は、イスラム関係、大変に専門分野でございまして、新聞等によく論説書かれていて、私もよく読んで参考にさせていただいているところですが、先日、朝日新聞に、ハーバード大学のハンチントン教授がイラク問題についてインタビューを受けておりまして、その中で、アメリカとイラクの紛争というか、攻撃が特に起こった際に、これは文明の衝突と見るかというような質問がございまして、それに対してハンチントン教授は、全く違うと、そもそもサダム・フセインというのは敬けんなイスラム教徒じゃない、ただし、展開によっては文明の衝突に見えるような形になっていく可能性があって、そうなっていったときに、結局、イスラム諸国が、サダム・フセイン自身が敬けんなイスラム教徒であるかどうかということは別にして、イスラム圏を代表して米国を代表する違う文明圏と戦っているんだというような形になってしまう可能性はあるというような発言をしているわけでありますが。
 私、個人的に、このアメリカとイラクの、既にお互いに口でやり合っておりますから紛争と言っていいかと思いますが、これがいわゆる、ハンチントン教授はこの概念で有名になった方でありますけれども、イスラム圏とアメリカを中心とするキリスト圏と言い切っていいかどうかは別にいたしまして、違う文明圏とのいわゆる文明の衝突論みたいなところに収れんされていってしまうと、これは中東地域というものを考えたときに、イラクのみの問題ではなくて非常に国際社会全体に大きな与える深刻な事態になってしまうのではないかと懸念を持っているわけでありますけれども、この点について、御専門の立場から御見解を伺いたいと思います。

○参考人(山内昌之君) 全くただいまの御指摘のとおりだと思います。
 ハンチントン教授のその限りの御指摘というのは私もほぼ共有するものです。文明の衝突というのは、私なりに理解いたしますと、現に存在するものではなくて、あらかじめ世界においてそうした文明の対立、衝突が存在するのではなくて、政治的な目的あるいは故意の目的などを通して実現されるのが文明の衝突だと思います。
 したがって、そうしたようなものが一見してあるように見えますけれども、そうではないのであって、意図的に作り出されるものであると。その際重要なことは、一つ二つ付け加えさせていただきますと、イスラム世界に住んでいる人間がすべて敬けんなイスラム教徒ではないわけですから、サダム・フセインが敬けんなイスラム教徒だということは全くないというのはそのとおりでございます。しかし、その人間によって象徴されているような、ある地域や世界の力というものがあります。この世界や地域の力をどのように人々、敬けんなイスラム教徒を含めて、そういう力を発揮しようとするか、あるいはその力を担っているような輿望があるかのような、見える人物を利用するか、あるいはその逆にその人物が利用するか、こういうところで衝突というもののエネルギーが蓄積されるということはあると思います。
 今、サダム・フセインその人に言わば期待する宗教的な勢力というのは、イデオロギーではなくて、むしろ政治のそういうリアルポリティークの世界で期待していると。そのことが現実化したときに、言わば文明の衝突といったようなものに見える現象が起きてくるであろうということは否定できないと思います。しかし、それは本質的には文明間の対立ではない、やはり政治の衝突であると言うべきかと思います。

○遠山清彦君 ありがとうございました。以上で終わります。