7月6日に行われた安保法制特別委員会の埼玉公聴会での、細谷雄一・慶応大学教授の意見陳述を転載します。

我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 埼玉参考人会速記録(平成 27年7月6日・議事速報)

○細谷参考人 私は、専門が外交史でございます。外交史、そして現代の安全保障について研究をする国際政治学者でございます。そのような外交史あるいは国際政治学者の観点から、今回の平和安保法制についてのみずからの見解を述べさせていただきたいと思います。

これまでの審議では主に憲法学者の方々あるいは法律学者の方々がこの法案についてさまざまな御意見を述べていらっしゃいました。しかしながら、この審議の中で、必ずしも、国際政治学者あるいは外交史研究者がこの問題について触れる機会はほとんどなかったような気がいたします。

もちろん法律的な議論は重要ですが、より重要なのは、この法案によってどうなるのか、日本がより安全になるのか、国際社会がより平和になるのか、これこそが本来であれば議論すべきところであろうというふうに私は感じております。

ところが、政府の説明、あるいはそれに反対する、批判する側の立場も、あるいは法律学者の方々も、余りにも技術的なところにこだわって、その全体像、この平和安全保障法制が一体どういう効果を持って、どういう意味があるのかということについての十分な検討がこれまでなされてこなかったような気がいたします。

そういった点からしましても、私は、過去三百年間のヨーロッパの外交の歴史を学生の前でお話をして、そして、どのようなときに平和が崩れて、どのようなときに平和が維持されるのか、そのようなことを研究してきた立場から、今回の平和安保法制がなぜ必要なのかということについて、私の立場から申し上げたいと考えております。

まず最初に、平和主義、日本が戦後、平和国家としての道のりを歩んできたということは何人も否定できないことだろうと思います。今では、首相官邸の周りあるいは国会の周辺で多くの方々が、戦争を再びする国になるな、平和を守れというような運動をしていらっしゃいます。そして、日本が再び戦争に巻き込まれ、また、戦争する国になるのではないかという懸念の声が聞こえてきます。

私は、これらの声、主張にほぼ意見を一致しております。つまり、日本は平和国家としての立場を守るべきであって、また、戦争するような国になるべきではないというのが私の立場でございます。

しかしながら、重要なのは、どうしたら平和を維持できるのか、そして、どうしたら戦争が起こらないのかということでございます。

これだけ根深く平和主義というものが日本の国民に浸透している以上、私は、日本がみずから侵略をし、戦争をするような国になるとは全く思っていません。ほとんどの国民の方々も、日本が軍国主義になって、戦争をしたいような国になるとは思っていないと思います。そのような利益もなければ、理由もありません。

したがって、多くの方々、国民の方々あるいは政治家の方々も、平和国家としての理念というのを堅持すべきだというふうにお考えでいらっしゃると思います。

だとすれば、戦争が起きるとすれば、日本から戦争を仕掛けるということは考えられないわけですね。つまり、相手が日本を侵略するか、相手が日本を攻撃するかどうかということが重要な要素になるわけです。

したがって、今回の安保法制も、日本が戦争するかどうかではなくて、いかにして他国が日本に侵略をしないようにさせるか、あるいは国際社会で戦争が起きないようにするかということでございます。

例えば、憲法九条があったとしても、イスラム国あるいはロシアからの武装勢力は中東やあるいはウクライナで軍事攻撃をしているわけでございます。つまり、憲法九条というものが、日本が平和の理念を掲げたとしても、それ自体が中東やアフリカやヨーロッパにおける戦争というものを防ぐことには直接的にはつながらない。

では、どうしたら戦争を防げるのか、どうしたら戦争が起こらない世界をつくることができるのか、これこそが我々が考えるべきことではないでしょうか。

マックス・ウェーバーが「職業としての政治」という本を書いております。ここにも読まれた方もたくさんいらっしゃると思います。そのマックス・ウェーバーは、政治における倫理には二種類あるということを述べているわけですね。つまりは、心情倫理と責任倫理です。戦争を嫌って平和を愛するというのは、これは心情倫理です。もちろん、政治において心情倫理が価値がないわけでありません。とうとい価値を持っています。問題は、政治家の方々にとってより重要なのは、これはマックス・ウェーバーがこの「職業としての政治」で書いていることですが、責任倫理です。つまり、ただ単に平和が起きないということを願い、叫ぶだけではなくて、本当に戦争が起きない、あるいは侵略をさせないような十分な安全保障政策を展開し、また安保法制をつくっていく、これこそが政治家に課せられた義務ではないでしょうか。

平和を願うだけで平和ができるのであれば、なぜ、これほどまで多くの戦争が世界にあるんでしょうか。それは、戦争を防ぐことができない、平和を維持することができなかったからでございます。

マックス・ウェーバーはさらに、「職業としての政治」という本の中で次のように述べております。「この世のどんな倫理といえども次のような事実、すなわち、「善い」目的を達成するには、まずたいていは、道徳的にいかがわしい手段、少なくとも危険な手段を用いなければならず、悪い副作用の可能性や蓋然性まで覚悟してかからなければならないという事実、を回避するわけにいかない。」つまり、たとえ今回の安保法制がいかがわしい手段、あるいは危険な手段だったとしても、このような手段を用いて、よい目的、つまりは、平和を維持し、日本の安全を維持するのであれば、そのこと自体が、政治家が本来考えるべき責任倫理であるということをマックス・ウェーバーは述べているわけです。

さらに、マックス・ウェーバーは、続けて次のように書いております。「この世がデーモンに支配されていること。そして政治にタッチする人間、すなわち手段としての権力と暴力性とに関係をもった者は悪魔の力と契約を結ぶものであること。

さらに善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではなく、しばしばその逆が真実であること。これらのことは古代のキリスト教徒でも非常によく知っていた。これが見抜けないような人間は、政治のイロハもわきまえない未熟児である。」ということですね。

つまり、善から善が生まれるなどということは、ウェーバーによれば、それは政治のイロハも知らない未熟児である、つまり、善を生む、この場合は平和ですね、平和を生むためには、場合によっては軍事力が必要である、十分な軍事力で自分たちの国を守るという意思を持って初めて、他国が侵略してこなくなるわけです。そのような軍事力が悪であったとしても、ウェーバーは、悪魔の力と契約を結んで善なる目的、つまりは、平和を維持し、安全を維持するということをするべきであるということを書いているわけでございます。

さて、平和についてただいま申し上げさせていただきましたが、続いて国際協調主義、つまり、今議論されているのは専ら平和主義の理念ですが、日本が戦後、平和国家として道のりを歩む上で、平和憲法の中には、国際協調主義、つまり、平和というものを、孤立主義、一国平和主義ではなくて、あるいは独善ではなくて、国際協調によって導くべきである、これが日本国憲法にある国際協調主義の精神であるわけでございます。

これは、言うまでもなく、戦前の日本が国際社会、国際法を無視して侵略をし、そして国際連盟から脱退して国際社会で孤立する中から戦争の道を歩んだ、このことからの反省によって、日本は国際協調主義の精神を掲げたわけでございます。

日本国憲法の中には、次のように前文で書いてあります。「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」つまり、このような国際協調主義の精神は、実は、一九五〇年代、六〇年代までには日本の国民に深く浸透していました。

したがって、砂川事件の判決の中で、田中耕太郎最高裁長官は、補足意見として次のように述べています。「今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち「他衛」、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従つて自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである。」ここで田中耕太郎長官は「義務」という言葉を使って、このことを憲法前文の国際協調主義の精神と述べているわけですね。これがいつの間にか消えてしまったわけです。日本は日本のことだけを考えて、他国が侵略されようが、他国が攻撃されようが、他国が助けを求めようが、それを断固として無視しているわけですね。助けに行かない、協力をしない、自国さえ平和であれば何でもいい、これが、ある意味では個別的自衛権であって、そして国際安全保障の無視ということになるわけですね。

これは、安全保障だけではありません。かつて世界最大のODA大国であった日本は、今や一人当たりの、GNI当たりのODA支出は、OECD加盟国の二十八カ国中の十八位です。また、国連ミッションへの派遣数も世界で五十五位です。とてもではないですが、これで、世界において、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」などということは言うことはできません。

つまり、今の我々が考えるべきは、憲法の精神、本来あった憲法の平和主義の精神と国際協調主義の精神をいかにして融合するか、それを融合することによって、我々は、国際安全保障、つまり、自国のことのみを考え他国を無視するのではなくて、国際社会全体としていかにして戦争を起こさないか、平和を確保しなければいけないかということを論じるべきであると思います。つまり、軍事力は軍事力それ自体が悪なのではなくて、軍事
力はよい目的のためにも使うことができる、つまり、軍事力は人の命も奪うことができるし、人の命も救うことができる。

したがって、自衛隊が人の命を守るために行動するのであれば、国際平和協力任務を今後より一層活発に活用していくということは、これは、むしろ日本国憲法の精神に沿っているのではないかなというふうに思っております。

例えば、二〇一一年三月の東日本大震災でも自衛隊が多くの方々の命を救済しました。また、日本だけではありません、二〇〇八年五月には、四川の大地震の後には多くの中国人の人命を救済しました。また、二〇一〇年、民主党政権では、ハイチに自衛隊を派遣し、これはPKO五原則からすれば本来行ける任務ではなかったかもしれない、しかしながら、人道性を優先して、民主党は、このハイチの大地震において自衛隊を派遣して多くの人たちの人命を救済したわけです。

たとえ自衛隊が海外に派遣しようとも、それが人命を救済するためであれば、私はとうとい任務であると考えています。そのことがむしろ、七十年前に戦争をし、国際社会で批判をされた日本が信頼を取り戻す大きなきっかけになったと考えております。

ところが、かつては、例えば、一九九一年、海上自衛隊がペルシャ湾に派遣するときにも、九二年にカンボジアにPKO任務に行くときにも、あるいはその後、先ほど申し上げたようなハイチのPKOもそうですが、自衛隊が二〇〇四年からイラクに派遣されるときにも、多くの方々は、これによって日本国憲法の平和主義の精神が崩れると言ったわけですね。もしもそれによって崩れているのであれば、もう平和主義はないはずです。守るべき平和主義はないはず。

ですが、そのとき多くの方々が反対したこのカンボジアやあるいはペルシャ湾での任務が、必ずしも日本国憲法の平和主義の精神を壊さなかったわけですね。むしろ国際社会の信頼を回復したわけです。

もしもそのときに反対している方々がここにいらっしゃったら、なぜそれらの法案を廃案することを優先しないのか。つまり、多くの方々にとって、これらの法案に反対したということが間違いであって、むしろ、それらが多くの人命を救済し、そして、国際社会における日本の信頼を回復したということを無意識のうちに理解しているからではないでしょうか。

そのように考えたときには、軍事力を平和のために使う、よい目的のために使って、そして、それによって人命を救済するということが重要になってくるわけでございます。

このような国際安全保障、つまりはそれぞれの国が別々に自分の国を守るのではなくて、国際社会全体として最適の形で平和を守る、これが二十世紀の大きな潮流であり、そして、戦前の、戦争の、日本の反省の結果であったわけです。

ところが、このような国際安全保障を無視して、国際安全保障というのは基本的に集団安全保障と集団的自衛権、集団防衛を指します、この二つを無視して、どこまでも個別的自衛権、つまり、自国の国民の生命を守る以外のことは何もするなということが、本来あるべき二十世紀の大きな歴史の教訓から考えれば、明らかにこれはおかしなことではないでしょうか。

また、戦間期において、国際連盟では、世論と経済制裁だけで平和を実現しようとしました。ところが、この世論と経済制裁だけによる平和を求める運動というものが、活動というものが、結局は、日本軍による満州事変、イタリア軍によるエチオピア侵略、そしてナチス・ドイツによるポーランド侵略をとめることができなかったわけです。

それを見て、国際連盟創設の中心人物であったイギリスのセシル卿政治学者は次のように述べています。

私は、非難や訴え、あるいは国際世論の力だけで平和を維持するという希望は全て捨てた、これらの力は、国際問題に関して大きな影響力を持ってはいるが、かつて強力な国家が決意した戦争を阻止することに成功したためしはなかった。

この反省から、国際連合憲章では、五十一条で集団的自衛権、そして国連憲章第七章で軍事的な経済制裁措置を加えています。つまりは、平和を守るためには集団防衛、集団安全保障が重要であるということでございます。

ベルギーは、かつて中立を掲げ、そしてドイツの、周辺国の善意のみを信じ、外交だけに頼って、軍事力に頼らず外交だけに頼ってみずからの平和を維持しようとしました。ところが、二度の世界大戦で、どちらもベルギーは真っ先にドイツの侵略を受けたわけです。

したがって、戦後に最初にできた集団防衛、集団的自衛権の組織であるブリュッセル条約をつくった中心的な国はベルギーです。この二度の反省から、中立や他国の善意だけでは自分の安全は守れない、したがって、ベルギーは、集団的自衛権を用いたブリュッセル条約の創設、さらにはNATOの創設で中心的な役割を果たしたわけでございます。

最後に、それでは、なぜ今このような形で集団的自衛権の行使あるいは平和安保法制が必要なのか、その最大の理由は、先ほど私は国際安全保障ということを申し上げましたが、二十世紀になってから急速に変化する安全保障環境の中で、従来の陸海空だけを考えていた安全保障が、さらにはサイバー空間や宇宙空間が入ってきたわけですね。そうすると、もはや地理的な概念というのも意味を持たない。サイバー空間によって、どこが周辺なのかということを述べることは極めて困難なわけでございます。

さらには、かつての冷戦時代とは異なって、大規模な侵略ではなくて、むしろ戦時と平時の区別がつかないような曖昧な状況が起きている。そのような曖昧な状況に対処するためには、従来の安全保障法制では十分ではないわけでございます。

そして、さらに言えば、RMA、軍事における革命によって、各国の防衛がネットワークでつながれてきています。つまり、従来とは異なり、一国で完結していたような軍事技術ではなくて、多国間協力の中でネットワークでつながれるような安全保障、国際安全保障が成立しているわけです。

果たして、日本はそれに背中を向けて、そこから孤立して、一国だけで自分の安全を守るという道を進むべきなのでしょうか。あるいは、今回の平和安保法制が語るように、一国平和主義ではなくて、国際社会の中で協調して、より緊密な協調をして安全保障を担っていくべきか。

その国際社会における緊密な協調を実現する上では、従来の安全保障法制では十分ではないということが大きな課題であって、したがって、私は、そのような二十世紀の歴史の教訓から、日本一国ではなくて、国際社会の中で協調行動をとって日本が安全保障を考えていく上では、今回の平和安保法制というものが非常に重要な意味を持つというふうに考えております。

以上でございます。(拍手)