遠山清彦です。前回のメルマガで報告したように、先週11日(金)衆院本会議で給油活動継続法案が再可決され成立しました。その後の週末の世論調査を見る限り、さほど内閣支持率に影響は出ていないようです。ただ世論の賛否は拮抗しているので、政府与党は引き続き国民の皆様に「なぜインド洋での補給活動が大切なのか」丁寧な説明をしていかなければなりません。

それにしても驚いたのは、昨年の参院選前からテロ特措法を最大の争点として与党と対峙してきた民主党党首の小沢一郎氏が11日の本会議を途中退席し、採決を「棄権」した(=賛成も反対もしなかった)ことです。前原前代表をはじめ、党内には本当は法案に賛成したい議員も少なからずいたにも関わらず、小沢代表の強い反対姿勢の前に党議に従った議員達から見れば、これほど馬鹿馬鹿しい話はないでしょう。(事実、民主党幹部の1人は、「すべてぶち壊しだ」と怒りの言葉を言っていたと報道されています。)

棄権とは、その字の通り、「権利を棄てる」という意味です。すなわち、小沢代表は、このような国論を二分する最重要法案の採決で、国民から負託された議員としての権利を棄てたのです。何度も書いて恐縮ですが、こんな政治家に総理大臣の資格は全くありません。共闘しているはずの共産・社民など野党からも強い批判が出ているのは当然です。本当は同様に困惑していたはずの鳩山民主党幹事長も、当初は、「大阪府知事選応援の『公務』で」と弁解、いな強弁していましたが、今日までには素直にテレビ等で謝罪をしています。(しかし、本人からの謝罪はなし。)地方自治体の首長選挙戦は何日間にわたって行われているわけですから、重要法案採決の日にそれをさぼってまで行かなければならない必然性は全くなく、本会議採決に優先する「公務」であるはずがありません。こんなことは、新人の一年生議員でも知っている「イロハ=基本」です。

これから評論家たちが、この棄権の真相について、「実は米国から圧力があった」「大連立を再度しかけるための布石だった」等々、色々な説が流されると思いますが、事の本質は簡単です。小沢代表は、自己中心的(=現代的にいえば、ジコチュー)だ、あるいは「わがまま」である、ということです。想起すれば、昨年だけでも度重なる本会議欠席、参院選開票日のテレビ出演のドタキャン、そして、その後の突然の辞任会見とその翻意など、異例な事件を数々起こしてきています。所詮野党の党首だからいいものの、これが与党の党首であったらどうなっていたか、とぞっとするのは私だけではないでしょう。「首相選択選挙」とも言われる次の衆院選挙に臨むにあたり、国民の皆様には是非この「事実」を忘れず、投票所に向かっていただきたいと思います。

さて、話題を元に戻しますが、最近多くの人から、「海外での補給活動もいいが、もっと他の事(年金、介護、医療、雇用問題など)に政府はお金をつかうべきではないか?」という趣旨のご意見をいただきます。確かに日本国内の課題は山積しており、財政難の中、十分な予算の手当てができていない分野もあります。しかし、だからといってODAも含めて海外への支援や国際平和維持のための貢献を全くしないか大幅に減らして良いか、と問われれば、私はそれは違うと答えています。

日本の景気の回復はいまだ100%ではなく、中小企業や庶民の生活現場にその恩恵が及んでいないという問題はあります。しかし、日本はいまだ世界第2位の経済大国の地位を維持しており、海外諸国との相対的比較においては、日本ほど豊かで安全な社会はそれほど多くないことは明白な事実です。(私自身、今まで先進国・途上国合わせて35カ国回る中で、日本の素晴らしさを何度も再確認してきました。)資源大国では決してない日本がこの経済的繁栄を維持できる背景には、間違いなく国際(自由)貿易があり、また、その世界市場で競争に勝ち得る(=買ってもらえる)製品を生み出す技術力・人材力があるからです。後者は、日本の内部努力の問題ですが、前者、すなわち国際(自由)貿易体制の維持は、世界の平和と安定が大前提です。その平和と安定を脅かす要素は、戦争や環境破壊に加え、今やテロリズムであり、その撲滅に貢献することは、日本にとって当然の責務であると私は考えているからです。

もちろん、私は軍事的貢献を強めるべきだと言いたいのではありません。むしろ、日本が得意としてきたODAを活用した民生支援・技術支援・インフラ構築支援の強化をするべきだとあらゆる機会を通じて言ってきました。(ただ、ここ数年、日本は急激にODA予算を減らしてきており、その背景にはそれを支持する世論があることも事実です。)忘れてはならないのは、日本の第二次大戦後の急速な発展も、日本人の努力だけではなく、米国や世界銀行などからの巨額の財政支援によって支えられてきたことです。最初の新幹線も首都高速も、海外支援なくしては実現しなかったのです。

世界が「相互依存社会」になったと言われて久しいですが、その相互依存性はIT分野の技術革新や交通物流分野の進展とあいまって、さらに高まってきています。日本の経済力が相対的に下がってきており、その未来に少子高齢化が大きな影を落としてきていますが、日本の立場が世界の中でまだ比較優位にある今日、その優位性の基盤である国際社会の平和と安定に積極的に貢献する義務が日本にはあります。公明党は「弱者の味方」を標榜していますが、その「弱者」は日本人だけではなく、この地球上に住んでいる全ての「弱者」を含む、と私は信じています。「日本は絶対内向きになってはならない、「開かれた国・社会」になってこそ、その繁栄もある」、との信念で今年も政治活動をしていく決意です。