みなさん、こんにちは。今回は、最近ある有識者との会談でこのテーマについて話し合い啓発を受けたこともあり、日本社会の中における組織・団体というもののあり方について、私見を述べてみたいと思います。

日本は一般的に組織中心の社会と言われてきました。戦後日本の発展を診ても、政党も官僚機構も民間企業も強固な組織がその基盤となってきたことは否めません。組織は、今でも重要です。日本社会に限らず、組織というものがなければ、何事もなすことができないのが人間社会の現実です。

しかし、一方で昨今の日本では「あらゆる組織というものが崩壊しているのではないか」という指摘がよくなされます。この原因は様々あろうかと思いますが、一つの理由は日本社会が成熟する過程で、組織利益の過度の優先による個人の利益(あるいは志向)の抑制が若い世代を中心に受け入れられなくなってきていることにあるような気がします。また求心力を失った組織の共通の特徴として、個々の人間の実力や努力を軽視する点があります。政治の世界でもそうですが、当選回数やシニオリティだけで人材登用・配置を長期間にわたって続けていると活力や独創性がどうしても低下してしまいます。

崩壊した(あるいはしかかっている)組織を立て直すためには、どうしたらいいのでしょうか。まず、私は、若手を適材適所で配置することが大切だと思います。米国や英国を訪れると政治団体やシンクタンクで極めて若い人が活躍している姿を頻繁に見かけますが、そういう組織には頭脳流出ではなく頭脳流入がコンスタントに起こり、活動を活性化しています。また、人材交流が活発なのも(特に米国の)特徴です。官僚、政治家、民間、市民社会、学問の5つの世界の間で、人材が自在に動いています。日本は、ここの移動性が極めて弱く、いわば人が「たこつぼ」化しており、人材は社会に多数いるのに国全体の総合力が一向に上がらないという問題をかかえているような気がします。

それから、今の時代で勝ち抜く鍵は「スピード」ですが、日本はこの点でも問題があります。リーダーがなかなか決断できないからです。「根回し」の慣習を完全否定するつもりはありませんが、指導者が迅速な決断をすることができる体制を保障することが民主主義と両立するという前提で、リーダーシップを強化する必要があるのではないでしょうか。無論、全体主義や独裁主義はいけませんが、リーダーシップがなければ責任の所在も明確にならないため、首尾一貫した戦略的行動が取れない組織になる可能性があります。(戦前の旧日本軍は、この典型だったと思います。また、今外務省改革の中でもODA戦略などの見直しの中でこういう議論をしています。)

最後に、主題と直接的な関連はないかもしれませんが、「多様性の重要性」を訴えたいと思います。日本を訪問した外国人はよく「日本の街には個性がないですね。駅前など、どの街も同じように見えます。」といいます。行き過ぎた画一主義は、よくないと思います。社会の統一性を保つことは安心・安全の基盤という意味で大切ではありますが、それを強調しすぎることで個性を消してしまってはならないのではないでしょうか。日本も江戸時代までは、各地方ごとに非常に個性があったと言われています。それが(他の先進国もある程度そうですが)近代化・中央集権化のプロセスの中で薄まり、さらに戦後の復興期の開発の中で失われていったのではないでしょうか。今、地方分権(あるいは地方主権)というテーマがクローズアップされていますが、私も中央政府の役割を今後縮小し、地方に選択の自由を与えることが大切だと思います。