遠山清彦 世界を駆ける。現場を走る。
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志力の政治

     

11月24日に、今年2回目の衆院憲法審査会が開催され、私も自由討議の時間帯で約5分発言しました。「昨年成立した平和安全法制が立憲主義に反している」という誤った主張に正面から反論しました。

<衆議院憲法審査会(H28.11.24)自由討議発言>

前回と今回の会議において、昨年成立した平和安全法制と憲法および立憲主義との関係が話題になっておりますので、私からも、一言、意見表明を行います。

【憲法9条と憲法解釈の基本姿勢】
憲法9条は、1項で「戦争の放棄」を定め、2項で「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を定めています。その文言からすると、憲法9条は、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているようにも見えます。

しかし、憲法を始めとする法の解釈というものは、およそ、一部の条文だけを切り取って行えばよいようなものではなく、その全体構造の中で整合的な解釈を追求することが求められるもの、と理解しています。

【47年見解の論理~基本的な論理とあてはめ~】
昭和47年に参議院決算委員会に提出された政府見解、いわゆる「47年見解」では、このような体系的な法の解釈という観点から、憲法9条の下での「武力行使」の可否とその限界について、一般論の提示に当たる「基本的な論理」とこれを具体的な状況に「あてはめ」た記述とを截然と整理しながら、見事な定式化を行っています。

まず「基本的な論理」では、憲法前文の平和的生存権や13条の幸福追求権の趣旨をも踏まえれば「平和主義を具体化した9条も、外国の武力攻撃によって我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態、そのような極限的な場合においては、我が国と国民を守るためのやむを得ない必要最小限度の武力の行使をすることまでをも禁じているとは解されない」旨を述べています。

その上で、「そうだとすれば」という接続語を用いて当時の国際環境への「あてはめ」の論述に入り、「我が憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる(中略)したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と述べて、「当時考えられていた、他国防衛を目的とするような集団的自衛権」を念頭に、「いわゆるフルセットの集団的自衛権」を否定しているのです。

【平和安全法制の合憲性】
その後、弾道ミサイルや核の開発が進み、軍事技術も飛躍的に高度化するなど、我が国を巡る安全保障環境は厳しさを増してきました。このような安全保障環境の変化と、我が国の安全保障に日米防衛協力体制が中核的な役割を果たしていることを踏まえれば、未だ我が国に対する武力攻撃に至っていない状況でも「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」が発生することもあり得るとの認識に至ったのです。

すなわち、「47年見解」の「基本的な論理」を維持した上で、それを現在の安全保障環境に「あてはめ」た結果、このような極めて限定的な事態に対応するための「自国防衛を目的とする集団的自衛権」の行使を認めることは、憲法前文や13条の趣旨を踏まえた憲法9条に反するものではない、と位置付けたものなのであります。

【平和安全法制と近代立憲主義】
ところで、平和安全法制について、「憲法違反」というのではなくて「立憲主義に反する」とか「非立憲的」などという批判を、しばしば耳にします。

「憲法に適合するにもかかわらず、立憲主義に反する」という論理が成り立つかはさておき、そもそも、国民の権利・自由を守ることが「近代立憲主義」の本質という観点からいたしますと、国民の生命・自由・幸福追求の権利をいかに守るかという観点から制定された平和安全法制は、「立憲主義違反」どころか、まさに「立憲主義」を具現化したものと評価されるべきもの、と考えます。

志の力が日本と世界を変える。遠山清彦のめざす「志力の政治」とは?

「平和安全法制が立憲主義に反する」という主張に反論する

11月24日に、今年2回目の衆院憲法審査会が開催され、私も自由討議の時間帯で約5分発言しました。「昨年成立した平和安全法制が立憲主義に反している」という誤った主張に正面から反論しました。

<衆議院憲法審査会(H28.11.24)自由討議発言>

前回と今回の会議において、昨年成立した平和安全法制と憲法および立憲主義との関係が話題になっておりますので、私からも、一言、意見表明を行います。

【憲法9条と憲法解釈の基本姿勢】
憲法9条は、1項で「戦争の放棄」を定め、2項で「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を定めています。その文言からすると、憲法9条は、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているようにも見えます。

しかし、憲法を始めとする法の解釈というものは、およそ、一部の条文だけを切り取って行えばよいようなものではなく、その全体構造の中で整合的な解釈を追求することが求められるもの、と理解しています。

【47年見解の論理~基本的な論理とあてはめ~】
昭和47年に参議院決算委員会に提出された政府見解、いわゆる「47年見解」では、このような体系的な法の解釈という観点から、憲法9条の下での「武力行使」の可否とその限界について、一般論の提示に当たる「基本的な論理」とこれを具体的な状況に「あてはめ」た記述とを截然と整理しながら、見事な定式化を行っています。

まず「基本的な論理」では、憲法前文の平和的生存権や13条の幸福追求権の趣旨をも踏まえれば「平和主義を具体化した9条も、外国の武力攻撃によって我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態、そのような極限的な場合においては、我が国と国民を守るためのやむを得ない必要最小限度の武力の行使をすることまでをも禁じているとは解されない」旨を述べています。

その上で、「そうだとすれば」という接続語を用いて当時の国際環境への「あてはめ」の論述に入り、「我が憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる(中略)したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と述べて、「当時考えられていた、他国防衛を目的とするような集団的自衛権」を念頭に、「いわゆるフルセットの集団的自衛権」を否定しているのです。

【平和安全法制の合憲性】
その後、弾道ミサイルや核の開発が進み、軍事技術も飛躍的に高度化するなど、我が国を巡る安全保障環境は厳しさを増してきました。このような安全保障環境の変化と、我が国の安全保障に日米防衛協力体制が中核的な役割を果たしていることを踏まえれば、未だ我が国に対する武力攻撃に至っていない状況でも「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」が発生することもあり得るとの認識に至ったのです。

すなわち、「47年見解」の「基本的な論理」を維持した上で、それを現在の安全保障環境に「あてはめ」た結果、このような極めて限定的な事態に対応するための「自国防衛を目的とする集団的自衛権」の行使を認めることは、憲法前文や13条の趣旨を踏まえた憲法9条に反するものではない、と位置付けたものなのであります。

【平和安全法制と近代立憲主義】
ところで、平和安全法制について、「憲法違反」というのではなくて「立憲主義に反する」とか「非立憲的」などという批判を、しばしば耳にします。

「憲法に適合するにもかかわらず、立憲主義に反する」という論理が成り立つかはさておき、そもそも、国民の権利・自由を守ることが「近代立憲主義」の本質という観点からいたしますと、国民の生命・自由・幸福追求の権利をいかに守るかという観点から制定された平和安全法制は、「立憲主義違反」どころか、まさに「立憲主義」を具現化したものと評価されるべきもの、と考えます。

2016年11月25日デイリーメッセージ 国会質疑 安全保障 志力の政治 遠山清彦を知る

二度と繰り返してはならない

行方不明になっていたうるま市在住の20歳の女性が、恩納村の雑木林から遺体で発見されるという、極めて痛ましい事件が発生しました。元海兵隊員で米軍属の男が死体遺棄容疑で緊急逮捕され、殺人容疑も視野に捜査が進められています。

何にも代えがたい尊い生命が奪われました。未来を絶たれた女性の無念さ、ご家族の悲嘆を思うと胸が張り裂けるような強い憤り、怒りを禁じ得ません。この蛮行を断じて許すことはできません。

公明党沖縄県本部は昨日、外務省、防衛省、米国総領事に対して強く抗議し、事件の徹底究明、再発防止を申し入れました。井上幹事長は記者会見で「言語道断であり、強い憤りを覚える」と述べています。

日米両政府は、徹底した原因究明と実効性のある再発防止を講じるとともに、被害者家族に誠意ある謝罪を行い、賠償責任を確実に果たすべきです。

このような悲劇を、もう二度と繰り返してはなりません。米軍基地の段階的縮小を確実に実行し、沖縄の平和と県民の生命を守りゆくことを我々は強く誓うものです。

公明党沖縄方面本部長 遠山清彦
同副本部長 秋野公造

2016年05月21日デイリーメッセージ 志力の政治 沖縄

今年は勝負の年!

遠山清彦です。新年あけましておめでとうございます。本年も、ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。

1月4日にスタートした第190回通常国会で、私は衆議院総務委員長に就任いたしました。地方自治・財政や通信など幅広い政策領域を所管する総務省の委員会ですので、しっかり責任を果たしてまいります。

今年の夏には、参議院議員選挙が行われます。現在の安定政権を継続させることが、日本再生の道であると確信しております。

私の地元である九州・沖縄においては、福岡選挙区において新人で元外交官の高瀬ひろみが、比例区では現職で元医師の秋野公造が、挑戦する予定です。皆様の応援を心よりお願い申し上げます。

昨年の国政における公明党の役割を振り返ると、やはり連立政権内の健全な与党内野党としての仕事をすることができた、と思います。

もちろん政府を支える与党として、正式に決めたことは、責任を持って実行します。

しかし、与党として決定する前段階では、公明党独自の主張を明確にし、徹底議論を行う姿勢を堅持してきました。

その象徴とも言えるのが、昨年の平和安全法制と軽減税率の導入合意だった、と思います。

公明党が主導した「新3要件」により集団的自衛権も自国防衛目的に限定されたので、これまでの専守防衛の平和国家路線は堅持されました。

また軽減税率の対象品目も、公明党の主張通り「酒類、外食を除く食料品全般」となりました。

本年も、地域密着ネットワークを持つ公明党ならではの視点と主張を示しつつ、与党内の合意形成を図り、国民生活の向上と安定に努めてまいります!

2016年01月10日デイリーメッセージ 志力の政治

「みわちゃんねる 突撃永田町!!」に出演

4月15日18時からライブ配信されたネット番組「みわちゃんねる 突撃永田町!!」に出演しました。録画が公開されております。

2015年04月15日動画ニュース 志力の政治 活動アルバム

超党派で訪韓

約半年ぶりに韓国を訪問し、対話に全力をあげています。

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2013年08月10日志力の政治 活動アルバム 海外での活動

「平和の敵は忘却」。沖縄慰霊の日に思う

遠山清彦です。6月23日は、沖縄慰霊の日。私は、毎年欠かさずこの日に、沖縄県糸満市の「平和の礎(いしじ)」で挙行される慰霊式典に参加しています。公明党からは、地元議員に加え、秋野公造環境大臣政務官(参議院議員)、かわの義博参院予定候補も、参列しました。沖縄戦で亡くなられたすべての方々に哀悼の誠を捧げ、平和への誓いを新たにいたしました。

「平和の敵は、忘却である」。これは、私が20代の頃、英国ブラッドフォード大学院で平和学の研究をしている時に、恩師のピーター・ダンカン教授が繰り返し強調していたことです。

「人類の歴史は、戦争の歴史」と言っても過言ではありません。世界では、多くの戦争、武力紛争が繰り返されてきました。日本は、第2次世界大戦後、国家として戦争に一度も巻き込まれずに来ました。「平和主義」を原則とする日本国憲法を堅持し、国益増進の手段として戦争を使わないという立場を、国民、官僚、政治家たちが貫いてきた結果だと思っています。私は、戦後生まれの一人として、戦前・戦中世代の先輩方が、大変な苦労をしながら、日本の平和を守ってきた事実に深い敬意を表します。

しかし、日本の外では、冷戦時代も、その後も、多くの戦争が起こり、多くの人命が失われてきました。これもまた、忘れてはならない事実です。平和学の恩師であるピーター・ダンカン教授は、世界中の「戦争博物館・平和博物館」のネットワークを形成することに全力を挙げていました。私も、教え子として恩師の仕事を手伝い、フランス・ベルダンの第1次世界大戦の博物館や、オーストリア・マウトハウゼンのユダヤ人強制収容所跡などを訪問しました。その衝撃は、今でも鮮烈に記憶の中に刻まれています。

戦争によってもたらされる悲劇と惨禍を、時の経過とともに、人間が忘れてしまう。あるいはその記憶が薄れてしまう。その危険性は、歴史を紐解けば容易に理解できます。沖縄の慰霊の日をはじめとする様々な節目で、過去の事実を直視し、平和への誓いを新たにすることは、極めて大切だと思います。

戦後68年経過した日本では、若い世代の「戦争記憶の風化」が大きな社会背景になりつつあります。若手国会議員の中には、「いざとなったら戦争も辞さない覚悟を持つべきだ。でないと日本はなめられる」などという主張を何の根拠もなく、一種の流行の言葉のように言う風潮があり、私は深い懸念を持っています。

戦争の現場、現実は、生易しいものではありません。私も、直接的な戦争経験はありませんが、人道支援NGOのアドバイザーや国会議員として、戦争や武力紛争の生々しい傷跡が残るイラク、東ティモール、アフガニスタン、パキスタンなどをこの目で見て来ました。

灼熱の太陽の下、イラクのキルクークの町の真ん中にトマホークミサイルの着弾でできた大きなクレーターの中を太田昭宏議員(国土交通大臣)と歩きました。マイナス20度のアフガニスタン・カブールの市街で、自爆テロで吹き飛ばされた建物の中で話を聞きました。多くの紛争地で、傷ついた女性たちや子どもたちに会いました。今の日本の若者が、全く想像することができない、凄惨な現場です。

沖縄の人々は、日本の中で戦争の怖さを一番理解しています。第2次世界大戦末期、白兵戦や艦砲射撃により県民の3分の1の方々が犠牲になりました。日本復帰が27年も遅れた沖縄には、広大な米軍基地が造られ、沖縄の基地から飛び立った米兵たちは、ベトナムやイラクなど世界各地の戦地で戦闘に従事してきました。そして軍事基地周辺の自治体では、事件・事故が数多く起こり、県民の怒りを招いてきました。

沖縄は、戦中戦後を通して、「戦争の現実」を誰よりも肌身で感じてきたのです。この歴史と事実を若い政治家は学び、理解すべきです。

沖縄は、今、自立経済をめざし、新たな時代を迎えました。もはや、経済的に米軍基地の存在に依存する必要性はなくなりました。日本の政治家が、知恵を出し、汗をかき、米軍基地負担の抜本的な軽減を前に進める努力が必要です。

沖縄の皆様に国会に送っていただいた政治家として、そして「平和学博士」として、私がなすべき使命は何か。平和の礎に献花を行い、追悼の祈りを捧げながら、この参議院選挙に挑む決意を深めました。

2013年06月23日デイリーメッセージ 志力の政治 沖縄

道州制推進フォーラムに参加

3月31日、都内で開催された道州制に関するシンポジウムに、公明党道州制推進本部事務局長として参加しました。

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2013年04月01日デイリーメッセージ 志力の政治 活動アルバム 道州制

東ティモール・グスマン首相(前大統領)と6年ぶりに再会

遠山清彦です。今日は、午前8時から衆院沖縄北方特別委員会が開かれ、次の10年間の沖縄振興の法的根拠となる沖縄振興特別措置法改正案と、米軍基地の返還後の跡地利用を促進するための法案が、野党の要求も盛り込まれた修正案と共に、委員会で可決されました。

後日、この修正案や附帯決議に盛り込まれた公明党の主張は紹介させていただきますが、これにより年度内に沖縄にとって重要な法案を成立させる目途が立ち、非常にうれしく思っています。今日まで、与野党修正協議PTの一員として、水面下の努力を重ねてきましたが、「ねじれ国会」状況の中で、沖縄振興を政争の具にしなかったことは、与野党の関係者の英知と努力の成果であり、関係者一同に心より感謝申し上げたいと思います。

さて、去る3月19日午後、私は公明党国際局長として、山口代表と東ティモールのシャナナ・グスマン首相の会見に同席させていただきました。グスマン首相は、以前は、東ティモール独立後の大統領として活躍されていましたが、今は首相。今回は、同国として初めて日本から円借款を受けるのに際し、自らその締結署名をするために一日だけ日本に来られたのでした。(グスマン氏は、親日家であり、来日歴も多いです。)

私は、グスマン氏とは6年ぶり、3回目の出会いとなります。昨年11月に出版した拙著『志力の政治』にも、1章を割いて、私が東ティモール訪問の際に目撃して感銘を受けたグスマン大統領(当時)にまつわるエピソードを紹介させていただいており、私はこの再会を、数か月ほど前から非常に楽しみにしていました。

19日の会見の冒頭、私は公明党4人の参加者の一人としてグスマン首相と握手を交わしながら、「お久しぶりです。私は合計4回東ティモールを訪問しました。今日は再びお会いできて光栄です」と英語で挨拶を交わしました。首相は、トレードマークともいえる満面の笑みをたたえていましたが、6年ぶりの再会でもあり、最初は私のことを思い出せない様子でした。

私は、6年前に東ティモールの首都ディリの大統領府で会見した際のツーショットの写真2枚を拡大し、グスマン首相を紹介した『志力の政治』も持参していました。「これを見れば、きっと思い出されるだろう」そう確信していたので、その後始まった山口代表と首相との会談を静かに聞きながら、機会を待っていました。

山口代表とグスマン首相は、東ティモールで最近行われた大統領選挙の結果や、東ティモールの今後の発展にとって必要な政策や支援等について、包括的な意見交換をされました。約20分が経過したころ、山口代表が公明党の参加者一人ひとりを大統領に紹介する機会を作ってくれました。東副代表、遠藤国際委員長の後、最後に私に順番が回ってきました。

「よし、来た!」とばかり、私は、自身と東ティモールとの関わりを簡潔に英語でまくしたてました。そして持参した写真2枚をグスマン首相の席まで持って行き、「首相閣下、これを見てください。あの時、日本政府の外交団団長として貴国を訪問し、大統領府でこの写真にある『富士桜』の絵を贈呈させていただきました。今日は、こうしてお元気な首相と再びお目にかかれて幸せです!」と伝えました。

その時、グスマン首相の表情が一変しました。「あの時の若者だったのか!」という笑顔で、いきなり立ち上がると私を突然ハグしました。終始和やかであった会見が、さらに温かで親密な空気に包まれていました。私の初の著書である『志力の政治』を開きながら、「この本で、私はあなたとの出会いについても書いています。多くの読者が、このエピソードが一番感動的だった、と言ってくれています。この本を今日、ここで首相に贈呈させていただきます」と直接お渡ししました。

南国の人々は、喜びを率直に表現しますが、概してあまり多くを語りません。グスマン首相もまた、自分について日本語で書かれた本を著者本人から渡され、率直に「オー!」と驚きをジェスチャーで表現していました。

私が、会見をプライベートに「ジャック」してしまった事に気付いたので、我に返って山口代表の表情をうかがうと、代表も「しようがないなあ」という顔で笑っていました。「失礼しました!」と言って、自分の席に戻ると、首相のとなりに座っていた女性の財務相がユーモアを込めて「遠山さん、東ティモールの6年は、大きな変化です。すぐにその変化を見に来てください。あなたが6年間も東ティモール来ていないとは、それはちょっと問題ですね」と言ってくれました。

和やかでありながら建設的で、互いの心の結び合いを実感できる、外交の場となりました。

公務、党務、地元活動、多忙な毎日ですが、近い将来、機会があれば、ぜひ変貌した東ティモールをこの目で見に行きたいと思います。偉大なリーダーのいる国。そして、貧しくも子供たちの瞳がキラキラと輝いている国、東ティモール。さらなる発展のために、日本の政治家として応援し続けたいと思います。

2012年03月21日デイリーメッセージ 志力の政治

『志力の政治』(論創社・1470円)、11月16日に発売開始しました


志力の政治 表紙

私の初出版『志力の政治』(論創社・1470円)、11月16日に発売を開始しました。以下のインターネット書店、有名書店で購入していただけます。

Amazon他、以下のインターネット書店でご購入できます。


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以下の書店でも販売しています。

東京:信濃町博文堂書店、ジュンク堂池袋店、ジュンク堂渋谷店
大阪:ジュンク堂難波
岡山:ジュンク堂岡山、岡山大学生協
福岡:ジュンク堂福岡、九州大学生協

「志」とは、一生をかけて何かを成し遂げるための動機であり、目標であり、希望であり、信念である。言い換えれば、「何のため」という精神の柱だ。そして、「何のため」がない社会のひずみは、国家を動かす政治の世界に顕著に表れてしまっているのではないだろうか。「人材立国日本の再建」。これは一〇年前の国政初出馬で私が立てた第一の志である。あらゆる分野から、坂本龍馬も驚くような人材を陸続と輩出する日本。その人材が志を果たすことができる国を創るため、私自身が「志高き政治家」として力を尽くしていきたいと思う。(「はじめに」より)


「志力の政治」帯

<目次>

はじめに

第一部 震災からの日本再生をめざして
東日本大震災の衝撃
一本の電話がきっかけで――「キリン」の福島原発投入が実現
被災地から国会へ――真剣勝負の衆院予算委員会質疑
被災地を救う法整備を――災害弔慰金支給法改正案を議員立法で提出
本格的復興への課題は多い――陸前高田市長との対話を通じて
日本の防災体制を見直す――災害時に威力を発揮する病院船建造を
万全の危機管理で人命を守る――日本版FEMA「危機管理庁」の設置を
緊急時の首都機能の確保を――道州制の導入を真剣に議論すべきだ

第二部 離島問題そして「沖縄」に挑む――公明党離島対策本部長として活動
遥かなるトカラ列島へ――日本で「最も長い村」を訪問
離島振興対策本部を設置した公明党
知られざる「世界第六位の海洋国家」――離島が日本を支えている現実
予算委員会で取り上げた「離島」の生活課題
新しい離島振興策を考えるポイント――「離島特区」などを実現すべき
私と「沖縄」の始まり――沖縄に国連機関誘致をめざして
「太平洋・島サミット」の沖縄誘致実現
米軍基地の光と影
米軍基地の経済効果というウソ――数字が証明する「沖縄の真実」
「最低でも県外」の裏切り
総理は「政治生命」を賭けて問題解決に当たるべき
光満ちる沖縄の未来――沖縄に「光」を増やそう!

第三部 一人ひとりに光を当てる政治を――常に国民の側に立って仕事をしたい
「9・11同時多発テロ」とパキスタン視察
アフガン難民家族との出会い
最初の国会質問は「本会議代表質問」だった
公明党が日本の難民政策を変えた
キンマウンラさん一家の救済に動く
法務大臣の「例外中の例外」の英断
携帯電話ナンバーポータビリティ制度の実現
イラク、ジョブカフェ、脱法ドラッグ禁止へと――若者の活動は止まらない
参議院厚生労働委員会理事に就任――年金制度に取り組む
税と社会保障改革は超党派で

第四部 二十一世紀の政治家として――「行動力」と「発信力」をモットーに走る
平和学と政治――平和学博士として思うこと
英国ブレア首相のとの出会い   
日本の国会議員も英語を使えたほうがいい――英語はたんなる道具にすぎない
「方法は君が考えるんや!」――イラク・サマーワの電撃訪問
脱「内向き日本」をめざす――外務大臣政務官を経験して
東ティモールの偉人に会う――シャナナ・グスマン初代大統領との思い出
「文は人なり」――メルマガに思いを込める
多士済々のゲストを招いて――ラジオ・パーソナリティを2年半つとめる
ソーシャルメディアと政治――個人の政治参画を可能にするツール

むすびにかえて
サムスン電子の成功、そのヒントは松下幸之助氏?
「人は石垣、人は城」を世界に主張
「志」を持つ人が出る日本に
国会改革

おわりに

2011年11月18日デイリーメッセージ 志力の政治

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