遠山清彦 世界を駆ける。現場を走る。
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プロフィール

     

<党役職>
中央幹事
国際局長

<党地方役職>
沖縄方面本部長
福岡県本部副代表

<本部>
離島振興対策本部長

<調査会>
憲法調査会事務局長
外交安保調査会事務局長

<プロジェクトチーム等>
ロボット産業振興推進プロジェクトチーム座長
学生就職問題プロジェクトチーム座長
難民政策プロジェクトチーム座長
技術・技能者確保養成プロジェクトチーム座長
自殺防止対策プロジェクトチーム座長
災害時多目的船検討プロジェクトチーム事務局長
ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチーム座長
サイバー攻撃対処検討委員会委員長
動物愛護管理推進委員会委員長

<衆議院所属委員会>
外務委員会(理事)
憲法調査会

遠山清彦。衆議院議員・平和学博士。私の素顔を知ってください。

遠山清彦役職(2017年9月28日現在)

<党役職>
中央幹事
国際局長

<党地方役職>
沖縄方面本部長
福岡県本部副代表

<本部>
離島振興対策本部長

<調査会>
憲法調査会事務局長
外交安保調査会事務局長

<プロジェクトチーム等>
ロボット産業振興推進プロジェクトチーム座長
学生就職問題プロジェクトチーム座長
難民政策プロジェクトチーム座長
技術・技能者確保養成プロジェクトチーム座長
自殺防止対策プロジェクトチーム座長
災害時多目的船検討プロジェクトチーム事務局長
ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチーム座長
サイバー攻撃対処検討委員会委員長
動物愛護管理推進委員会委員長

<衆議院所属委員会>
外務委員会(理事)
憲法調査会

2014年10月02日プロフィール

履歴書(2017年9月28日現在)

tooyama_prof.jpg

姓:遠山(とおやま)名:清彦(きよひこ)

性  別:男

生年月日:1969年(昭和44年)6月5日

家族構成:妻

国会事務所
〒100-8981 東京都千代田区永田町2-2-1
衆議院第一議員会館721号室
TEL:03-3508-7225
FAX:03-3508-3414

沖縄事務所
〒900-0012 沖縄県那覇市泊1-4-13
福琉産業ビル2F
TEL:098-862-8360
FAX:098-988-4031

福岡事務所
〒812-0054 福岡市東区馬出5-14-18
TEL:092-260-7051
FAX:092-260-7061

HP:http://www.toyamakiyohiko.com
Mail:office@toyamakiyohiko.com

【現 職】

前衆議院議員(比例九州・沖縄)

所属政党:公明党

党役職:中央幹事、国際局長、沖縄方面本部長、福岡県本部副代表

【学 歴】

1982年3月  新潟市立東中野山小学校卒業

1985年3月  青森市立筒井中学校卒業

1988年3月  私立創価高等学校卒業

1993年3月  創価大学法学部法律学科卒業

1994年12月  英国ブラッドフォード大学大学院平和学修士課程修了 平和学修士号取得

1998年12月  同大学院平和学博士課程修了。Ph.D.(平和学博士)取得

博士論文「戦争と責任:天皇と占領期日本における戦争責任論争」

【職 歴】

1995年9月-98年6月:英国リーズメトロポリタン大学非常勤講師

1999年2月-01年3月:宮崎国際大学専任講師(政治学・国際関係論)

2001年7月:第19回参議院議員選挙で初当選

2003年10月-2005年11月:厚生労働委員会理事

2005年11月-2006年9月:外務大臣政務官(第3次小泉内閣)

2007年7月:第21回参議院選挙で2期目の当選

2007年9月:参議院法務委員長

2010年4月:衆議院議員当選(比例九州・沖縄)

2016年1月:衆議院総務委員長

2016年9月:衆議院議院運営委員会理事

【海外調査等】

2001年9月 ミャンマー現地調査(政情と社会状況)

2001年10月 パキスタン現地調査(アフガン難民の現状)

2001年12月 パキスタン現地調査(党パキスタン・難民調査団として)

2002年7月 ニューヨーク・国連本部 アナン事務総長表敬(党国連本部派遣団として)

2002年8月 ニュージーランドで難民認定制度に関し現地調査

2002年8月 東ティモールで自衛隊PKO活動・NGOの開発支援プロジェクトを視察

2002年8月 インドネシア・バリ島で開催された「アジア・ステーツマン・フォーラム」に出席し「アジア地域における環境とエネルギー」と題し講演

2003年2月 インド・ニューデリーで開催された「テロに関する国際青年会議」に出席

2003年3月 スイス・ジュネーブ、イラン イラク問題平和的解決に向けUNHCR・国際赤十字社などと意見交換。イラン・イラク国境地帯の難民キャンプ視察(党イラン派遣団として)

2003年5月 スウェーデンで開催された「麻薬統制サミット」に出席。レナ・ハレングレン青年大臣と青年政策に関し意見交換

2003年6月 イラン・イラクにて日本の貢献策をめぐり意見交換(党イラク・イラン派遣団として)

2003年7月 イギリスでマニフェストの調査

2003年11月 オーストラリアで開催された「クーラム・フォーラム2003」に参加

2003年12月 イラク・サマーワ、クウェートにて陸上自衛隊派遣予定地の治安状況、支援ニーズの調査

2004年1月 「第24回日米議員交流訪米プログラム」に参加し、政・財・学界有力者と外交問題等意見交換

2004年2月 イラン・イラク国境地帯にまたがるメソポタミア湿原の調査(党メソポタミア湿原視察団として)

2004年8月 タイ・インドネシアにてODA現地調査(参議院ODA調査団として)

2004年9月 アメリカ政府の招聘で若手議員交流プログラムに参加し、政府・議員・民間シンクタンク等意見交換

2004年12月 ニュージーランドにて核軍縮・議員ネットワーク(PNND)、地球的行動のための議員ネットワーク(PGA)年次総会に出席

2005年4月 東ティモールにて国連東ティモール支援団(UNMISET)主催の国際シンポジウムに出席

2005年4月 インドネシア・バンダアチェにてスマトラ沖地震の津波被害の現地調査

2005年11月 香港を訪問し、唐英年(ヘンリー・タン)財務長官など香港特別行政区の要人と会見したほか、青少年支援施設などを視察(公明党青年訪中団として)

2005年12月 インドネシアにて、アジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)に出席し、北東アジアにおける安全保障について基調講演。

2005年12月 タイ(プーケット)にて、インドネシア・スマトラ島沖地震による津波一周忌記念式典に政府代表として出席した他、プーケット日本人会が建立した慰霊碑の除幕式に出席。また、カンボジアにおいて同国政府要人と会談。

2006年2月 ヨルダンにて開催された経済協力開発機構(OECD)中東・北アフリカ(MENA)投資に関する閣僚会合に出席。その途次、ドバイ首長国及びオランダ(ハーグの国際刑事裁判所(ICC))を訪問。

2006年3月 イギリスにて英国・世界銀行・アジア開発銀行共催国際会議「アジア2015」に出席し、英国政府及びアジア各国閣僚等と意見交換。

2006年3月 ロシアにてG8エネルギー大臣会合に出席し、ロシアを始めG8の関係閣僚と意見交換。ロシア政府、議会関係者等と会談。

2006年4月 インドにてアジア・アフリカ法律諮問委員会(AALCO)第45回総会に出席。インド政府高官と会談。

2006年4月 カタールにて第2回国際エネルギー・ビジネス・フォーラム(IEBF)及び第10回国際エネルギー・フォーラム(IEF)に出席。カタール関係閣僚と会談。

2006年5月?6月 ベトナムにてAPEC(アジア太平洋経済協力)貿易担当大臣会合に出席。APEC各国閣僚と意見交換。

2006年6月 東ティモールにて、グスマン大統領、首相他政府要人と会談。

2006年7月 ラオスにて「イラワジ チャオプラヤ メコン経済戦略閣僚会議(ACMECS:the Ayeyawady-Chao-Phraya-Mekong Economic Cooperation Strategy)」に出席。ブアーソン首相・トンルン副首相他政府要人と会談。

2006年7月 スリランカにてウィクラマナヤケ首相他政府要人と会談。

2006年8月 パプアニューギニアにてソマレ首相他政府要人と会談。

【著作】

『志力の政治 日本再生への道』(論創社・2011年11月初版)

【寄稿対談等】

「東ティモールにおける和解問題とNGOの役割」(『軍縮問題』2000年8月号)

「国際司法機能の強化」(『潮』「特集 報復から対話へ」2002年1月号)

「難民問題 まず処遇の『質』から見直せ」(『朝日新聞』「私の視点」2002年6月24日付)

「Refugees need better services,not quotas」(The International Herald&The Asahi shimbun 2002年7月3日付)

「難民認定の『公正さ』確保を」(『毎日新聞』「発言席」2003年4月6日付)

「難民認定 前進なお課題」(『朝日新聞』2003年5月13日付)

「田中美奈子のグローバルトーク」(『パンプキン』2003年8月号)

「若年層の雇用問題は国の将来を左右する」(『第三文明』「青年と政治インタビュー」2003年11月号)

「期限後の枠組みが鍵」(『沖縄タイムズ』「基地政策を問う」2003年12月5日付)

「ミサイル攻撃 南部はない」(『西日本新聞』2004年1月17日付)

「対談 遠山清彦×長井秀和」(『街ぐらし』2004年秋号)

「まず清潔な飲料水の確保と適正な水資源利用を」(『月刊 地球環境』「イラク復興へ日本の湿原再生事業」2004年12月号)

「法整備を視野に入れ、援助体制の見直しを」(『国際開発ジャーナル』「ODAの最前線で政治家は何を見たか」2004年12月号)

「青年議員、かく戦えり!」(『第三文明』「特集 明日の力」2005年1月号)

「安易な酒税引き上げに反対」(『納税通信』「一筆啓上」2005年8月8日)

「青年局として実績を残しているのは公明党だけだ」(『第三文明』「遠山清彦参議院議員にインタビュー」2007年2月号)

【テレビラジオ出演】

「金曜発言中」(『日本テレビ系CS放送』2001年8月3日生放送)

「政治ホットライン」(『国会テレビ』2001年8月9日生放送)

「ザスクープ」(『テレビ朝日』「検証!『難民鎖国』日本の入管行政?繰り返される悲劇アフガン難民自殺の真相」インタビュー:2002年7月20日放送)

「国会議員web数珠繋ぎ!」(『CV Mix』2002年12月13日)

「クイズ!!赤恥青恥」(『テレビ東京』2002年12月14日収録)

「JAM THE WORLD」(『J?WAVE』2002年12月18日生放送)

「古舘伊知郎ショー」(『BSフジ』2003年7月4日)

「朝まで生テレビ」(『テレビ朝日』「激論!小泉新内閣誕生!迫る総選挙?!」  2003年9月26日)

「朝まで生テレビ」(『テレビ朝日』「激論!総選挙目前!どーする?!どーなる日本?!」2003年11月7日)

「ニュースの深層」(『朝日ニュースター』2003年11月26日生放送)

「ワイド!スクランブル」(『テレビ朝日』「シリーズ年金第10弾」インタビュー:2004年2月17日放送)

「爆笑問題&日本国民のセンセイ教えて下さい!!」(『テレビ朝日』2004年3月22日放送)

「闘論!!永田町」(『朝日ニュースター』2004年4月23日放送)

「朝まで生テレビ」(『テレビ朝日』「激論!憎悪と虐殺!!イラクの未来は?!」2003年4月30日生放送)

「ミッキー安川の朝まで勝負」(『ラジオ日本』2004年5月21日生放送)

「爆笑問題&日本国民のセンセイ教えて下さい!!」(『テレビ朝日』2004年9月28日放送)

「激論!この国 第一部『100年の日本政治を創る』」(『朝日ニュースター』2004年10月1日他放送)

「国会トーク フロントライン」(『ニュースバード(TBS系CS放送)』2004年10月22日放送)

「バトルポリティカ 政治に喝!」(『朝日ニュースター』「本音で激突!国会議員1回生に聞く」2005年4月23日他放送)

「ミッキー安川の朝まで勝負」(『ラジオ日本』2005年8月5日生放送)

「アクセス特番」(『TBSラジオ』「総選挙公示前スペシャル」2005年8月26日生放送)

「朝まで生テレビ」(『テレビ朝日』「激論!公示前天下分け目の総選挙」2005年8月26日生放送)

「爆笑問題&日本国民のセンセイ教えて下さい!パート?」(『テレビ朝日』2006年4月4日放送)

「2006大論争5時間スペシャル安倍政権の正体」(『朝日ニュースター』2006年12月31日他放送)

「太田光の私が総理になったら秘書田中」(『日本テレビ』2007年2月2日放送)

「ニュースの深層」(『朝日ニュースター』「今後の政局は」2007年8月1日生放送)

「太田光の私が総理になったら・・・秘書田中」(『日本テレビ』「選挙で過半数を得られなかった内閣は総辞職を義務化します」2007年8月3日放送)

「太田光の私が総理になったら・・・秘書田中」(『日本テレビ』「ただちに解散総選挙を行います」2007年8月24日放送)

「新闘論!永田町」(『朝日ニュースター』「安倍改造内閣の今後」2007年9月1日他放送)

「遠山清彦のピース・Peace・ピース」(『ラジオ日本』2005年4月から2007年9月まで毎週月曜日21:00から21:30放送)

<パーソナルデータ>

身長: 165cm

体重: 70kg

誕生日: 1969年6月5日

星座: 双子座

血液型: B型

好きな食べ物: 天ぷら、ゴーヤチャンプル

好きなタレント: 仲代達也

尊敬する人物: 野口英世

一番感動した本: 『モンテクリスト伯』

座右の銘: 疾風怒涛

2014年01月28日プロフィール 沖縄

九州公明ニュース2012 秋

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=bJFRZ9luSbs[/youtube]

2012年09月02日プロフィール 動画ニュース

九州公明ニュース 2012

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=3ICPpFu8I30[/youtube]

2012年05月27日プロフィール 動画ニュース

遠山清彦の横顔1(誕生から初当選まで)

誕生
1969年(昭和44年)6月5日 千葉県千葉市に長男として生まれる。その後、次男、三男、四男が遠山家に加わり、4兄弟の頼れる兄貴として育ちました。
6ヶ月千葉にて
6ヶ月千葉にて

小中学校時代
1976年4月 青森県青森市立三内小学校に入学したものの、翌年、宮城県仙台市立小松島小学校へ転校。そして、2年後、新潟県新潟市立東中野山小学校へ再び転校。父親の転勤にともない、小学校時代は転校の連続でした。
3年生仙台にて
小学3年生仙台にて、母と3人の弟たちと

1982年4月 宮城県仙台市立台の原中学校入学。翌年、青森県青森市立筒井中学校に転校。小中学校時代は、青森県・宮城県・新潟県を行き来する連続でしたが、この頃に「どこへ行っても物怖じしない」態度を養いました。

上京、そして、創価学園に入学
1985年4月 私立創価高等学校に入学。青森の地から、向学心を燃やし東京の創価学園に入学しました。高校時代は寮生活をし、仲間たちと沢山の思い出を作りました。
親元を離れ高校へ入学する朝に母と
親元を離れ高校へ入学する朝に母と

帰省した折に家族で(高校2年)
帰省した折に家族で(高校2年)

創価大学入学、平和学者を志す
1988年4月 創価大学法学部に入学。在学中の3年次に英国グラスゴー大学へ交換留学生として渡英しました。帰国後の大学4年次に「平和学の父」として知られるヨハン・ガルトゥング博士の講演を聞き、卒業後は学者の道を目指す決意をしました。
大学1年生、下宿の前で
大学1年生、下宿の前で

英国ブラッドフォード大学院へ留学
1993年9月 英国ブラッドフォード大学院平和学部修士課程に入学。翌年、平和学修士号を取得し、博士課程へ進学。4年に渡る猛勉強の末、平成10年に同学部から日本人取得者としては最年少の20代の若さで、平和学博士号(Ph.D)を取得しました。
博士号の学位を取得
博士号の学位を取得

宮崎国際大学の講師として
1999年2月から2001年3月 日本に帰国してから、宮崎県にある宮崎国際大学の専任講師として教鞭に立ち、国際関係論・政治学・紛争解決学を担当。全授業が英語で行われるユニークな大学で、学者としての本格的なスタートをきりました。

宮崎国際大学での講義風景
宮崎国際大学での講義風景

参院選に初出馬
2001年7月 遠山清彦32才。参議院議員選挙比例区候補として初出馬し、党員、支持者からの絶大なる支援を受け、79万4445票を獲得し初当選させていただきました。
沖縄にて小泉総理ともに
沖縄にて小泉総理ともに

初登院
初登院

遠山清彦の横顔2(参議員2期を経て新たなチャレンジへ)へ続く

2009年08月01日プロフィール

遠山清彦の横顔2(参議院2期を経て衆議院議員へ)

世界の現場を駆ける
2001年12月 公明党パキスタン・難民調査団として、浜四津敏子団長(党代表代行)、山本香苗参院議員等とパキスタンの北西辺境州ペシャワル郊外にあるカチャガリー難民キャンプを訪問しました。

公明党パキスタン・難民調査団としてパキスタンを訪問する遠山清彦

公明党青年局長に就任
2002年11月 党青年局長に就任。2007年9月までの約5年間、全国の青年議員・党員とともに数々の青年政策を実現しました。

公明党全国青年局長会議で挨拶する遠山清彦

番号ポータビリティー制度の実現に向けて
2003年9月 党青年局を中心に携帯電話の「番号ポータビリティー制度の導入」の署名運動を展開。全国で1000万人を超える署名を集め、総理官邸に提出しました。

福田官房長官人(当時)に846万人の署名を手渡す遠山清彦

国会議員で最初にイラク・サマーワへ
2003年12月 日本の国会議員として一番最初に、イラク・サマーワを訪問。クウェートにて陸上自衛隊派遣予定地の治安状況、支援ニーズを調査しました。

太田代表とともにイラク・サマーワを現地調査する遠山清彦

信頼される日本に
2004年2月 消滅の危機に瀕しているメソポタミア湿原の復元事業を日本政府のイラク復興支援として推進するため、イラン・イラク国境地帯にまたがるメソポタミア湿原を公明党メソポタミア湿原視察団として訪問・調査しました。

公明党メソポタミア湿原視察団としてイラン・イラク国境地帯にまたがるメソポタミア湿原を調査する遠山清彦

誰よりも早く現場へ
2005年5月 スマトラ沖地震の津波による大被害を受けたインドネシア・アチェ地域を現地視察しました。

スマトラ沖地震の津波による大被害を受けたインドネシア・アチェ地域を現地視察する遠山清彦

外務大臣政務官に就任
2005年11月 第3次小泉内閣の外務大臣政務官に就任。2006年9月まで日本国政府の代表として、各国への訪問、要人との会見に臨みました。

日本政府を代表しアナン国連事務総長を出迎える遠山清彦

2006年5月 アナン国連事務総長(当時)を日本国政府を代表して出迎える

第4回太平洋・島サミットに小泉総理と共に外務省を代表して参加する遠山清彦
第4回太平洋・島サミットに小泉総理と共に外務省を代表して参加。沖縄開催を国会にて強く訴えてきた成果が実りました。

東ティモールにて、グスマン大統領と会見する遠山清彦
2006年6月 東ティモール共和国の現状視察。グスマン大統領ほか政府要人と会談しました。

外務大臣政務官としての活動記録は、外務省ウェブサイト外務政務官をご参照ください。

全国の青年局員と共に汗を流す
2006年11月 公明党青年局で地上デジタルテレビ導入における視聴者の負担軽減、IP携帯電話の普及促進・利便性向上への署名活動を全国で展開しました。

地上デジタルテレビ導入における視聴者の負担軽減、IP携帯電話の普及促進・利便性向上への街頭署名活動を行う遠山清彦

さらなる飛翔を誓って
2007年7月 第21回参議院選挙で2期目の当選をさせていただきました。

参議員決算委員会で質問する遠山清彦

法務委員長に就任
2007年9月 参議院法務委員長に就任しました。

参議院法務委員長として、府中刑務所を視察する遠山清彦

参議院法務委員長として、府中刑務所を視察

衆議院議員として、あたらな挑戦を開始
2008年9月 衆院選に九州・沖縄ブロック比例候補として挑戦するため、参議院議員を辞職。2010年4月 神崎武法公明党常任顧問の議員辞職に伴って繰り上げ当選。衆議院議員として、新たなチャレンジを開始しました。

議員バッチをはずして新たなチャレンジを開始した遠山清彦

2009年07月31日プロフィール

遠山清彦テーマソング「Stand up(for the champoins)」Right Said Fred」

遠山清彦が講演会で入場するときにかけている曲です。

2009年07月01日プロフィール 動画ニュース

遠山清彦 衆議院出馬 記者会見(2008年)

公明党の遠山清彦参院議員(39)=比例代表=は1日午後、沖縄県庁で記者会見し、参院議員を辞職し、次期衆院選の比例代表九州・沖縄ブロックに立候補することを正式に表明した。

会見には、党沖縄県本部の糸洲朝則代表(県議)と白保台一沖縄方面議長(66)=前衆院議員=が同席。糸洲氏は、衆院選沖縄1区の議席奪還を期して活動を続けてきた白保氏は次期衆院選に出馬しないことを明らかにした。

席上、遠山氏は「九州・沖縄ブロックでの4議席(現有3議席)獲得をめざし、“背水の陣”で決戦に臨む。衆院選に勝ち、白保氏の後継として、沖縄・九州の発展に尽力する」と決意を表明。白保氏は「(県議時代を含め)24年間、県民の皆さま方に支えていただき、心から感謝と御礼を申し上げます。今後は、後進の後方支援に頑張っていきたい」と感謝の言葉を述べた。
公明新聞:2008年9月2日

2008年09月04日プロフィール 九州 動画ニュース 沖縄

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